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デジタルとは何か:John Rossman, "Think Like Amazon"

4月の頭に今年三冊目の洋書、Think Like Amazon を読み終えた。ずっと前から感じていたがやっぱりAmazonは怖い会社だとあらためて思った。いまさらだが。

DX、デジタルトランスフォーメーション、という言葉を巷でよく聞くようになったが、では、デジタルとはなんだろうか。それが、本書では繰り返し説かれている。

曰く、違った次元で勝負してお客様の驚きと満足を届けること。卓越した経営を要として、すべてはお客様の信頼ありき、リーダーシップはもとより従業員1人1人もお客様へのコミットメントがすべて、10年先100年先1000年先を見据えて、常に現状に疑問を持ち、変革と変化を愛する態度で臨むこと、全員が「A+」人材つまりスーパーマンであれ、大事なことは、SpeedとAgility、それがデジタル。

合言葉は「できないと言うな (Never Say No)」「これまでもこれからも毎日が創業の日 (It's still Day 1)」

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本書は、4つのパート、全51のアイディアから成る。Part I が "Culture" (組織文化醸成のアイディア)、Part IIは "Strategy" (成果を出すための戦略のアイディア)、Part III: "Business And Technology" (インプットの定量化と計測、それらと成果との関係づけのアイディア)、Part IV: "Approach and Execution" (実行するうえでのアイディア)。

そのように分けられているものの、全編にわたって、顧客第一でスピード感をもった組織文化の醸成について説いているように思う。ひとことものを言うにも上の顔色を窺っているようではスピードはあがらない。だから従業員1人ひとりのコミットメントとエンゲージメントが生命線だ。人材採用や組織の構成の考え方、あるいは KPI の考え方、それに、事業戦略のあれこれも興味深い。

たとえば、scaling (スケーリング) という言葉が何度も出てくる。なんとなく字面からわかるだろうか、拡大縮小という意味ではあるが、おおよそ次のようなことだ。まず、新事業を始めるときは少人数のチームで小さく始める。うまくいったら、コンセプトや仕組みをそのままにそのまま規模を大きくする。その事業を、今すぐにでも縮小しよう止めようと決断すれば即座に縮小したり止めることができ、規模を拡大しようと決めればあっという間に拡大できる、そのようにコンセプトや仕組みをあらかじめ考えて作るのだ。

そのために重要なのは、客観的なコンセプトをつくること、すなわち事実と論理の重視であり、もう一つは仕組みのデジタル化、すなわち定量化と自動化だ。

ちなみに少人数のチームは "Two Pizza Team"と呼ばれるらしい。つまり、2枚のピザを夜食に頼んでちょうどみんなで分けられるそのくらいの人数だということだ。エグゼクティブであっても、新規プロジェクトの担当になったら部下は10人前後になるし、相応の予算の執行となる。だから、部下の数や執行できる予算の大きさで出世や肩書を語ることは、Amazonではないという。また、過去の実績などは関係ない。リーダーはもとより全員が、新規事業を起こして事業を拡大する、その一点に集中し最善を尽くすことが求められるわけだ。

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ところで、すでに有名な話だが、Amazonでは、起案のための社内の資料は narrative (物語) という文章で書かれたドキュメントを使い、パワーポイントによる紙芝居は使わないそうだ。見せ方や印象づけ・雰囲気、ふわっとした方針の共有、ではなく、事実に基づくデジタルな数字とロジックで徹底して考え、曖昧な部分を残さずに結論を出し決断をくだす、それらを重視する組織文化によるものだろう。

また、多数の人を巻き込みながら規模を速やかに大きくするときには、コンセプトの共有と腹落ちが大事だ。ということは、コンセプトを説明する資料は、後で誰が読んでも共通の理解ができる、そのような資料にしなければならない。それだから、その場限りの口当たりのよい紙芝居ではなく、きちんとした文章で書かれたもののほうがよいだろう。雰囲気だけ方向性だけ絵で共有できても、一人ひとりが異なった理解でいると、些細なことで即座に判断できずにお互いにいちいち確認しあったり、みな共通の目標に向かって仕事しているはずなのにバラバラな動きになったりする。曖昧な部分を残さずに細部にわたるまで共通の理解を持ったうえで行動することが、スピードを上げるには大事であることがわかるだろう。つまり、アナログな曖昧な部分を残さずに、すべては1か0かのデジタルにするためには、言葉と論理だ。というわけなのだ。

後で誰が見てもわかるようなしっかりとしたドキュメントをきちんと作っていたら、書くのも読むのも時間がかかる、スピード感がなくなるのでは?と思うかもしれない。「今時、資料なんかいっさい作らずにワッと集まって寄ってたかって仕上げてしまい、すぐに解散して次に進む、そのくらいのスピード感が欲しいよね」と思うかもしれない。

違うのだ。その場限りのワークアラウンド満載のやっつけ仕事ではスケールできない。

スピード感はもちろん必要で絶対条件だ。だから、こういうことになる。すなわち、後で誰が見てもわかるような、事実に裏付けられ緻密な論理で構成されているドキュメントを、猛スピードで作る。そして作られた文書を猛スピードで読んで、書かれていることを100%正確に理解する。そういうことが求められるわけだ。

わかるだろうか。デジタルで大事なのは、ガッツと熱い心だ。

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さて、最後の節 idea 50 1/2 で、これからAmzonがどう変わっていくのかが書かれている。2029年には、Amazonは、小売りやクラウドサービスだけではなく、製造、流通、通信といった分野まで手中に収め、それぞれプラットフォームとして社会にサービスを提供するインフラ企業になるだろう、という。ほんとうにそうなるかもしれない。

 Idea 49で、最後のつけたしのように財務のことが書かれている。ん?何度も何度も顧客、顧客、と言っているが、結局のところ、Amazon はキャッシュを回しながら拡大を続けるマシーンなのか、という感じがした。冒頭に書いたAmazonは恐ろしい会社と思ったというのはこの印象だ。「当たり前のことだけど実は一番大事なこと」が目立たないようにひょろっと忍ばせて書いてある、と感じてしまったのが個人的には面白く、少しゾクっときたところだ。

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さて、結局のところ、デジタルってなんだろう。ちょっと考えたことを以下に何点か書いておく。

デジタル化とは、要素に分けること、軸を決めること、範囲を決めて有限にすること(*1)、定量化することすなわち数字にすること、そして、量子化すなわち整数(*2)にすることだろう。そのうえで、インプットとアウトプットを定義して、関係式を定め、プロセスを決めて処理を自動化する。

だから、デジタルは変化に強くスケールできる。環境や中身が変わっても形式は客観的で共通とすることができるからだ。インプットとアウトプットを定義しなおしたり、関係式を現状に合わせてアップデートしていけばよい。規模は半導体の進化によって後からでもついてくる。規模の追求を是とする資本主義経済にはぴったりだ。

デジタル化とは決断を下すことだ。個人の仕事レベルでも同様だ。仕事の何をどのように定量化するのか、どの程度の粒度で数字化するのか、そして、プロセスをどのように定義するのか。そして何をもって成果とするのか。デジタル化するためには、隅々まで曖昧な部分を残さず決める必要がある。

そして、デジタル化とは朝令暮改だ。「しばらく様子を見ましょう」とか「もう少し状況がはっきりしてから判断しましょうか」「まぁ、とりあえずその方向で」などと言って決断すべきことを決断しないようにしておけば、一回くだした決定がコロコロと変わることはないだろう。しかし、環境や状況の変化が、数字情報としてリアルタイムに入ってくるとしたらどうだろう。そして曖昧な部分を残さずにどんどん決断すべきことを決断していく、となるとどうなるだろう。昨日と今日とで言ってること違うじゃん、ということがしょっちゅうになる。

逆に、明日にひっくり返ることを恐れて今の決断を曖昧にしてはいけない。そして過去に引っ張られて今の決断が鈍ってはいけない。

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さて、上に述べたようなデジタルの特徴を組織として十分に生かすには、組織文化としてデジタルが徹底して根付かなければならない。

そのためには、徹底した顧客第一主義と長いスパンでの視野、そして常に現状でよしとせずに、変革による改善を志すリーダーの熱い心が大事なのだ、それらを一言でいうならば、「デジタルとはスピードと敏捷性 (speed and agility)」ということなのだろう。それが本書でしつこく説かれていることだ。

デジタルとは、割り切りと切り捨てと熱い心。恐ろしいことだ。


■注

(*1) デジタルでは無限は扱わない。無限大も無限小も扱わない。実際にはアナログでも無限は扱えない。無限大も無限小も無限集合も、自然の、あるいは人間の概念の、現実としてあるだけである。

(*2) デジタル化する際に無限小数の扱いはどうするだろうか。1/3とか1/7など、割り切れないのは構わない。有理数の有限の集合であれば、すべての要素の分母の最小公倍数をかけてやれば、整数の集合にできる。

では無理数はどうだろう。無理数の小数展開はデジタルでは扱えない。無理数の小数展開はどこか有限の桁で打ち切るしかない。どの桁であっても打ち切った瞬間に有理数となり無理数ではなくなる。

とはいえ、たとえ無理数でも、無理数を有限の数だけ選び記号化して数え上げることで、デジタルでも表現できる。あるいは平方根や立方根といった有限の演算操作を選んで記号化し、有理数との組み合わせによって、ある範囲の無理数を表現できるだろう。また、無理数であっても代数的数であれば、定義多項式の係数の集合によって表現することもできる。

これらは無理数の無理数である性質を、個々の無理数の性質とともに、カプセル化して扱っていることになる。つまり、ここでも要素化し、有限の範囲で区切って整数によって表現することでデジタルするわけだ。

何をどこまで考えて、どの範囲で区切るのか、やはり、それは「割り切りと切り捨て」という言葉でまとめることができるだろう。

割り切って切り捨てて整数化した、そういう有限の要素をどれだけたくさん持つことができるか、たくさん持ったとして処理の能力をどう持つか、それは半導体の規模と腕力の問題に帰着するところだろう。


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