【第6回】43歳男性が、新卒から20年勤務した大手企業を退社し、コンサルタントに転身したときの話
今回が本当に最終回です。43歳で未経験の人事コンサルタントに転身し、こういった知識やスキル、経験があったから生き残ることができたんだろうなと思えるKSAOsの紹介、後半戦をお届けします。
35~37歳:総合職新卒採用係長 @本社 人事部採用室
⑫求める人材像の策定経験
メキシコから日本本社に帰任し、私にアサインされたのは総合職新卒採用の係長という、これまでの国際色とはかけ離れた超ドメスティックな仕事でした。時はリーマンショック直後。新卒採用が売り手市場から買い手市場へと激変する時期。そこで、これまで曖昧だった求める人材像を改めて明確にし、人材像に基づく採用プロセス改革を進めることにしました。具体的には、自社で中堅として活躍している社員とそうでない社員は、新卒採用時の評価にどのような違いがあったのかを分析すべく、千名を超える社員の採用面接時の面接シート(紙)に記された手書きコメントを相当な時間をかけてデータベース化し、テキストマイニングをするなどして活躍社員の定性的な特徴を炙り出しました。また、SPIなど適性検査の結果も合わせて分析し、統計分析に基づく定量的な特徴も押さえ、確固たる求める人材像を策定しました。
人事コンサルティングの仕事において、求める人材像を明らかにし、人材像に基づく人材マネジメントを形作っていく流れは、王道中の王道です。総合職新卒採用という限られた分野とはいえ、仮説を考え抜き、信念をもって分析をやり切ったことは、私のコンサルティングワークのベースになっています。
⑬マーケティングに関する知識
「大企業における新卒採用とは、会社という商品を数百名の学生に選んでもらうためのマーケティング活動である」という強い思い込みの元、マーケティングの素人だった私は、ベタにフィリップ・コトラーから勉強を始め、様々なマーケティング理論を応用する形で採用プロセスを刷新しました。
人事コンサルタントとして、プロジェクトメンバー層ではマーケティング知見は必須ではありませんが、マネジメント層では新規サービスの開発・拡販といった局面において重要になってきます。
⑭プレゼンテーションスキル
北は北海道大学、南は九州大学まで、日本全国の名だたる大学を訪問し、朝から晩までプレゼンテーションしまくりの日々を過ごしました。また、大学だけでなく、東京ビックサイトやドーム球場といった大きな箱で数百名、ときには千名を越える学生を相手にしたプレゼンテーションも経験しました。当然ながら、ここでも求める人材像に基づき、プレゼンテーションの内容を刷新。当時流行していたスティーブ・ジョブズ風のスライドデザインとデリバリースタイルを取り入れ、ここではちょっと書けない決め台詞で学生に自社を売り込んでいました。
ここまで色々なKSAOsを紹介してきましたが、このプレゼンテーションスキルが私の人事コンサルタントとしての最も大きな差別化要素になっているかもしれません。前職がBIG4のマネージャーから「あなたほどプレゼンがうまい人事コンサルタントは前職でも見たことがない」とお世辞を言われたときはとても嬉しかったです。(このお世辞を真に受けるほど、私は純朴ではありません。念のため)
⑮面接スキル
この時期、採用面接も相当な数を行いました。毎年春には日当たり8~10名の面接が毎日続くのですから。また、リクルーター面談でも3日間で72名の学生と会うといったハードスケジュールをこなしていました。面接スキルについて詳しくここで語るのは困難なので割愛しますが、自分なりに勉強し、試行錯誤を重ね、習熟させていきました。
人事コンサルタントになると、顧客企業の人材マネジメントに関する現状調査として、役員や管理職、一般社員にインタビューをする機会が増えます。面接スキルも人事コンサルタントとして必須といえます。
37~39歳:人材開発課長 @本社 人事部人材育成室
⑯全社人材育成体系の見直し経験
新卒採用係長は2年でお役御免となり、課長に昇格し、人材育成室に異動となりました。全社の人材育成体系をゼロから見直すというプロジェクトのリーダーとして、営業・製造・技術・企画・調達の部長層をメンバーとするクロスファンクショナルチームを率いることに。これまでの人事キャリアはどちらかというと制度寄りのハード系でしたが、ここで人材育成というソフト系の仕事を経験できたことは、人事コンサルタントとして扱えるテーマの幅広さにつながっています。
⑰研修開発・運営の知識・スキル
人材育成体系の見直しというマクロな業務だけでなく、ミクロ視点での個々の研修の刷新にも取り組みました。立教大学の中原先生の存在を知り、数々の書籍を読みふけったのもこの時期です。書籍の内容を参考に新たな研修を企画し、内製/外製を判断し、外製の場合は研修ベンダー何社かにRFPを出してコンペを行い、1社を選定の上、多くの研修を開発していきました。また、研修実施後には効果測定を行い、改廃も進めました。顧客とベンダーが一体となって研修を作り込む経験は、立場が逆になった今でも生きています。
⑱研修講師スキル
内製で研修を行う場合、当然、自分も教壇に立ちました。研修講師とプレゼンテーションはスキル的に似ている部分もありますが、似ていない要素の方が大きいです。人事コンサルティングを行っていると、リピート案件として研修の実施を依頼されることが多く、評価者研修などはその典型です。その気になればどんな研修でも講師ができるレベルにまでスキルを高められたことは、人事コンサルタントとしての武器になっています。
⑲人事部門 年度計画・中期計画 立案経験
課長昇格に伴い、人事部門の年度計画や中期計画の立案に本格的に携わるようになりました。大企業における計画立案の流れ、特に予算がどのように組まれ、執行されるのか、当事者として経験できたことはとても大きかったです。日本企業の人事部門の財布の中身がどのようになっているのか、あるいはどういったときに財布の紐が緩むのか、人事コンサルタントとして知っておくに越したことはありません。
39~43歳:事業部門原価企画課長 @本社 情報通信企画部
⑳事業のバリューチェーンに関する知識
40歳を目前にして、人事から全く畑違いの事業部門へと異動になりました。流石はメンバーシップ型雇用。年商300億円の製品の原価企画課長を担うことに。原価企画は技術・生産・物流・品質保証・営業・調達のハブとなる仕事で、採算に問題のある製品の場合、地獄のような仕事と化します。そして私が担当したのは極めて採算の悪い製品で、とてつもない地獄を見ました。非常にツライ経験でしたが、これによって事業のバリューチェーンが嫌というほど理解できました。そして、各職種の現場で働く人たちの気持ちも。また、事業部門から見た人事部の姿も…。「イメージできないものはマネージできない」というビジネス格言を聞いたことはありますでしょうか? 自分が事業部門を濃密に経験したことで、顧客企業の事業の状況を解像度高くイメージできるようになりました。
㉑組織開発経験
製品採算を少しでも良化させるべく、管理会計PL上で最も課題の多かった開発費に人事的側面からメスをいれるべく、製品開発チームの組織開発に取り組みました。原価企画課長の本来の仕事ではないのですが、人事の知見を活かし、手弁当でチャレンジしたのです。50名超のチームを相手に、現状の見える化→真剣な対話→未来づくりといった組織開発サイクルを適用し、1泊2日のオフサイト合宿、丸1日のオフサイトミーティングを重ね、いわゆるHRBP的に活動を展開しました。この時の経験もまた、私が人事コンサルタントとして担えるテーマの分厚さにつながっています。
㉒MBA的なモノの見方
20代の頃、できれば海外MBAに留学したいと漠然と思っていました。しかしながら社費留学候補に選ばれることはなく、また、会社を辞めてまで留学する気合いもありませんでした。私と同じような心境にある社員は社内にごろごろ存在しており、そして社費でのMBA留学から戻ってきた後輩社員を何人か私は知っていました。そこで30代後半で社内私塾を立ち上げ、MBA留学経験者3名を無償の講師役に迎えました。その上でMBAに興味ある若手社員を集め、1年間のMiniMBAプログラムを受講してもらい、自分も塾長と名乗りながらプログラムに参加しました。これを数年続けたので、私もMBAの基本的な内容を習得することができました。(ちなみにこの私塾の卒業生がコンサルティングファームに転職し、パートナーにまで昇進しています)
事業戦略のコモディティ化によってMBAの効力も薄れつつあるのかもしれませんが、何だかんだ言って、顧客企業の事業構造を概観するのにMBAの知識は役に立ちます。事業戦略に紐づく人材戦略を構築するには、まず事業構造の理解から。人事コンサルタントとして知っておいて損はありません。
㉓ビジネス書籍 1,000冊分の知識
メキシコ駐在から帰任以降、年間100冊以上のビジネス書籍を読み、重要な内容をEvernoteにインプットするという「ビジネス写経」を8年続け、その量は1,000冊分以上になっていました。このビジネス写経は、知識の定着だけでなく、⑪文章作成スキルの向上にもつながったと思います。なにせ、名著と呼ばれる書籍の美味しいところだけをひたすらキーボードで叩き続けるのですから (但し、Kindleを導入してからは機会が失われています)。
人事コンサルタントとしての一つの醍醐味は、顧客企業の優秀な方との対話にあります。優秀な方ほど様々な書籍をしっかりと読んでいる傾向にあり、読書習慣の無い人事コンサルタントでは文字通り話にならないと思っています。
まとめ
人事コンサルタントとしての生き残りにつながったKSAOsについて、紹介がかなり長くなってしまいました。まとめると以下の通りです。
これらを場面に応じて活用し、周囲からのサポートを受けながら、今まで挑戦を続けることができました。但し、私の社会人人生において意図的に習得してきた訳ではありません。ある意味、偶然の産物です。色々なところに顔を出し、首を突っ込んだ結果であり、いわゆるプランド・ハプンスタンス・セオリーの賜物です。結果として人事コンサルタントへの転職に発展したのであり、つまりはスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学でのスピーチで述べた「ドットをつなげる」というやつです。
もちろん、23個のKSAOsが人事コンサルタントとしてMECEあるいは必要十分なはずもなく、必須ではないものや欠けているものがあると思います。労務管理や人事情報システムはメキシコ駐在時の経験しかありませんし。あくまでn=1の参考情報として、皆さんのKSAOsと照らし合わせていただければ幸いです。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました!
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