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読書感想【リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください】

私はリベラリズムに対して,あまり良い印象を持っていなかった.しかし,この本を読んでみると,リベラリズムもなかなか良いものだと考えを改めた.


本書では,初めにリベラリズムとは何か,というところから説明されている.リベラリズムに縁がなかったので,助かった.法哲学入門というだけはある.

どの章も興味深く読めたが,気になったことをすべて書くと,うまくまとまらなかった.そのため,特に印象に残った章である,「九条削除論」と「天皇制」の章の感想を書く.




まずは「九条削除論」から述べる.

著者は,安全保障の問題は民主的プロセスのなかで討議されるべきで,ある特定の安全保障観を憲法に固定化すべきでない と主張する.なので改正ではなく,削除と言っているようだ.

価値観や自分の考える正しい政策を,憲法に固定化させない点,また,九条を削除する点に対して,私は賛成である.


『憲法改正とは何か(阿川尚之)』に書かれていたが,アメリカの合衆国憲法では,憲法に特定の価値観を反映させたことが過去にある.修正第18条による「飲酒は悪」という価値観だ..

しかし,そのあと修正第21条によって廃止されている.人々の価値観は,いつまでも同じとは限らない.

憲法は通常の法律よりも一段高いところにある基本法典,高次の法典である.もし価値観が変わるたびに,憲法改正を頻繫に行う場合,憲法の法的安定性に傷がつくのではないだろうか.それはマズいと思う.


九条削除に関しては,本書を読んで考えを変更した.

私はこの本を読む前まで,九条に関しては解釈改憲で良いだろうと考えていた.

九条のニにある”戦力”は,GHQの憲法草案では war potential だったので,本来は”戦争潜在能力”となるものである.国際法上の違法行為である戦争を行うための潜在能力は保持しない ということで,自衛権の行使を目的とした軍事組織はセーフ という解釈だ.

ただ,この考えは著者が指摘するように,少し無理がある.英語で war potential だったとしても,日本語の憲法を読めば,自衛隊と日米安保は違憲ではないか,と主張する方が普通だ.

そのため解釈改憲ではなく,九条のニを削除したほうがハッキリして良い,と著者のような削除論に考えを改めることにした.


さて,賛成できる部分とその理由を説明してきた.逆に賛成していない部分もあり,それは二つほどある.「在日米軍が九条の戦力にあたること」と「解釈改憲に否定的なところ」だ.


「在日米軍が九条の戦力にあたること」に関しては,単純に砂川事件最高裁判決で以下のように述べているので,問題ないだろう.最高裁判決を尊重する立場だ.

同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである.

参考:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/055816_hanrei.pdf

(2023/09/19 閲覧可能)

なお自衛隊が戦力に該当するかは,踏み込んで言及していないため,自衛隊は違憲の可能性が高いと思う.


著者の「解釈改憲に否定的なところ」は,理解できる.解釈改憲は憲法改正手続きを無視して,憲法規範を変更できるため,立憲主義を馬鹿にしていると思うのも無理はない.

ただ,国民の間で解釈改憲が定着しているのも事実だ.

典型的な例は九条であり,現在多くの国民は自衛隊の存在を受け入れている.

昔は戦力を持てないはずだったものの,今では不思議なことに,戦力にあたる組織の存在を国民が認めている.

憲法九十六条の国民投票による憲法改正,そして解釈改憲による憲法改正は立憲主義という考えからすると,二つの意味は大きく異なる.当然後者のほうが立憲的に危険である.

しかし,現実として解釈改憲による憲法改正が,国民の間で容認され定着している.このことから,解釈改憲を行うことは,日本の立憲主義的には大丈夫ということになるのだろう.そのため,解釈改憲は容認しても良いものなのでは,と思う.


※立憲主義とは,権力者が権力を行使するときに,その主観ではなく憲法を根拠にするということ.私の手元にある本で調べ,一番しっくりきたのがこの考えだ.『憲法問答(橋下徹・木村草太)』で橋下氏が話していたもの.




次は「天皇制」の章だ.著者はこれについて,以下のように捉えている.

天皇・皇族が,日本人のナショナル・アイデンティティ確立のために不可欠だということで,国民統合の象徴,つまり記号として使うのが,象徴天皇制である.(省略)天皇・皇族には職業選択の自由はない.政治的言動も禁じられ,表現の自由もない.天皇制は主権者国民が皇族を奴隷化するという意味で,最後に残された奴隷制.天皇制は反民主的だからでなく,民主的奴隷制だから廃止せよ,というのが自説です.

『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください(井上達夫)』pp.66-7

天皇制が奴隷制というのは,まぁそのとおりだ.

リベラルからすると,万世一系の天皇家の時間的な連続性(悠久の時間)という重みから,天皇・皇族を解放しよう という感じだろうか.

反対に保守からすると,天皇制を廃止するのは,時間的な連続性を放棄することになるため,日本の長い歴史に裏打ちされた安定システムが崩れてしまう となるだろう.

私は保守的な考えなので,どちらかというと後者に共感するものの,「日本は結構リベラルな人が多いのでは?」という印象を持っている.

そのため,イギリスで共和制が議論されているように,議論はしても良いと思った(おそらく議論は深まることはなく,寛容のネガティブな面が出てくると思う.また憲法改正が必要なので,ハードルが高そうである).

私が天皇制の廃止で一番興味深い点は,日本の皇国物語に終止符が打たれること,つまり,日本という国の物語がひとまず終わるということだ.

さて,皇国物語に変わる物語を日本は持っているのだろうか?私は持っていないと思う.

もちろん,そんなものはなくても,日本はなあなあでやっていけると思う.しかし,心にぽっかり穴が開くのは間違いないだろう.

皇国物語に代わる物語が出てくるのだろうか.そのことに興味がある.




本の内容は,全体的に難しい学問的な記述があるものの,第一部ではそれほど多くない.難しいことが苦手な人は,第一部のみ読んでも良いと思う.


知識が増えたら,この本の見方も変わってくるだろう.これからも読み直す機会がありそうな本だ.



以上.

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