東京散歩 太く短く

もうずいぶん昔のこと、僕が小学生の頃の話だ。小学校も高学年になり、一丁前にクラスの女子の動向を気にするなど色気づいた行動をするようになった僕には1つの悩みがあった。
なんでオイラはこんなパッとしない感じの顔立ちなのだろう、という悩みだ。
鏡を見れば何の変哲もないガキがそこに映っている。なんだか平凡な目、低い鼻、あんまり歯並びの良くない口…数えあげればいくらでも自分の顔の欠点は指摘できた。中でもとりわけ嫌いだったのが目である。僕の目は一重まぶたでそのドロンとした目つきはいかにもボンクラっぽいというか、どう贔屓目に見ても華やかではない。これがもっとパッチリ二重でその眼差しにも力あふれるような感じのカッコいい目だったら良いのに。もしそうだったら同じクラスの当時好きだった中澤さんとも良い感じになれるだろうに。そんな詮ないことを考えていた。
まあ、たしかに目というパーツは重要でそこが変われば印象だって変わる。とはいえ、二重のパッチリお目々になったからといって即座に中澤さんを好きにできるようになるかと言うとそれは疑問だし、目だけが変わったからと言って他のパーツとのバランスがぐちゃぐちゃになればそれも良くないし、一重だから中澤さんをはじめとする女子に相手にされなかったわけでもない。そもそも現実的には二重じゃねえんだから一重なりに頑張るしかないわけで、鏡の前で「俺も二重だったらなあ…」とため息をついてるだけではどうしようもないのだ。だが、当時の僕がそんなこともわからない駄ガキだったのかというと別にそうでもなくて、わかった上でため息をついていた。そういう、見た目上のコンプレックスなんて抱いてしまえば何をどう理屈を尽くしても捨て去ることなどそうそうできないものなのだ。
今現在はどうなのか、と言われれば別にもうどうでも良くなっている。持って産まれた顔なんだからこれで生きていけばいいと思ってるし、特に誰かの顔と比べて自分の顔を卑下することもない。二重がいい、みたいな憧れもいつの間にか雲散霧消していた。そんなに人は自分の顔の細かい造作なんていちいち気にしてないし、よくよく考えてみれば僕自身だって人の顔の造作なんてそんなによく見ちゃいない。そのあたりのことに気づいたからだ。たとえしげしげと見てくるやつがいたとして、そいつが何をどう思おうがどうでもいいということにも気がついた。見た目なんて小汚くないように最低限の気づかいさえしていればいい、そう思っている。
でも表面化することこそないが、自分の身体にコンプレックスを抱いたという経験がもたらしたものは今も僕の中にはたしかに残っている。


さて、突然話は変わるが、僕は今現在は亀有という街に住まっている。隣駅は綾瀬だ。この綾瀬駅を降りてすぐのところに大きな公園がある。上野公園のように一目でわかるような大きな公園ではないのだが、やたら細長い公園が駅から延々と続いている。その面積はほぼ日比谷公園と同じくらいである。
この東綾瀬公園がある種の方々の社交場のようになって発展している、という噂はずいぶん前から知っていた。いや、こんなひどく回りくどい書き方をするのはよそう。この公園、昔からハッテン場として有名なのだ。
有名とはいえ男性同士のそんな場面を見たことはない。普通に公園の中を歩いていても目にするのは犬を散歩させている爺さんだったり子どもを遊ばせている親御さんだったり、どこにも淫微な雰囲気など感じられない、至って平和な公園であった。
そういうわけで、ハッテン場になっているという噂は噂として特に気にも止めることなく生活をしていた。穏やかな天気の日など、缶ビールでも飲みながらこの公園をブラつくのはすごく気分のいいことなのだ。
一体何がきっかけだったのかは忘れた。だが、僕はそれを発見してしまった。
爆サイのハッテン場掲示板というページだ。
この掲示板は主に出会いを求める男性同士が実際に会うためのツールとして使用されていた。このハッテン場掲示板にはしっかりと「東綾瀬公園」のスレッドも作成され、そこには連日ずいぶんな量の書き込みがなされていた。
一部、その書き込みをコピペしてみよう。その様子は掴めるはずだ。

#4952024/02/18 15:19
しゃぶりたい
[匿名さん] 
#4962024/02/18 15:21
>>495
プロフお願いします
[匿名さん] 
#4972024/02/18 15:24
>>496
174.70.36
[匿名さん] 
#4982024/02/18 15:28
>>497
小さいチンポしゃぶって欲しいです
[匿名さん] 
#4992024/02/18 15:30
>>498
プロフ教えて下さい。
[匿名さん] 
#5002024/02/18 15:30
>>499
1706830です
[匿名さん] 
#5012024/02/18 15:31
>>500
今いますか?
[匿名さん] 

《略》

#5092024/02/18 15:47
>>508
個室にいます
[匿名さん] 
#5102024/02/18 15:50
>>509
どこのトですか?
[匿名さん] 
#5112024/02/18 15:51
>>510
一旦離れちゃいました。
新しめのトイレです。
[匿名さん] 
#5122024/02/18 15:53
>>511
多分分かりました
先に入ってもらえますか?
[匿名さん] 
#5132024/02/18 15:58
>>512
はいりました
[匿名さん] 
#5142024/02/18 16:04
>>512
ありがとうございました❗
[匿名さん] 
#5152024/02/18 16:05
>>513
可愛いおちんちんでした
[匿名さん] 

引用おしまい。
2人はどうにか会うことができたようだ。こんな感じで同好の士を募るのだ。そして公衆トイレなどで落ち合い、互いの求めてた行為をする。まだ夕方の4時ということもあって比較的穏便な内容だが、遅い時間になればもっと過激な単語やフレーズが飛び交う。自分が普通に生活していたところでこんなことが密かに行われていたとは驚きだ。他のスレッドもチェックしてみたが、僕が頻繁に訪れるような場所でもこうした出会いが発生しているところがあった。

この掲示板の存在を知ってからは時おり、暇つぶしに覗いてみたりするようになった。単に出会うだけならともかく、やはり見知らぬ人同士が会うとなったら悲喜こもごも、いろんなドラマが生まれていて眺めていると楽しいのだ。
楽しんでいる最中に相手の財布をスッたやつ、会えたはいいがあまりにも互いの好みに合わず何もしないで解散した人たち、レスも全くつかないのに延々と同じスレに書きこんでいる者…僕が普段何気なく使用している公衆トイレや漫画喫茶などで、僕の知らないうちにいろんなドラマが生まれていたのだ。

そうしていつものように掲示板を眺めていた時のことだ。僕は所用があって綾瀬に降り立ち、それも終えて家に帰ろうとするところだった。
「東綾瀬公園」の掲示板に1つの書き込みがあった。それは「誰かちんこ見せてくれる人いませんか?」というものだった。東綾瀬公園のスレッド、そこはいつも激しい文言が飛び交う修羅の場所だった。具体的には書かないが。そんなところにこんな牧歌的な書き込みがあることは珍しい。僕は思わず書きこんでみた。
「見るだけでいいの?」。
この場所に来る人は基本、口であったり他の場所であったり、とにかくどこかの穴を使って出したい(もしくは出されたい)連中である。見せてほしい、それだけにとどまるやつなんて僕ははじめて見たのだ。彼はすぐに返事をよこしてきた。
「はい! 見せてほしいです!」
見せるだけならなんてことはない。どこの公衆トイレに行けばいいかももう知っている。綾瀬駅から15分歩けばいいだけだ。
「わかりました。15分後に行きます」

ぽくぽく歩くこと15分。待ち合わせ場所となっている公衆トイレの前に僕は立っていた。小さな水車のすぐそばのトイレである。見れば見るほど何の変哲もないトイレだ。先の男性はついさっき「中で待ってます」と書き込みをしていた。この中にもういるのだ。僕の性器を見るために、待っているのだ。
なかなか中に踏み込もうとは思えない。ただポロンと出して披露してあげたらいいだけだ。大したことじゃない。なのに、なんでか足は動いてくれない。
グズグズしていても仕方がない。もう相手は僕の到着を待っているのだ。
一度、深く深呼吸。
「よし」
なんとはなしにつぶやいて僕はトイレに入っていった。

中にいたのは…年齢は20前後くらいだろうか、かなり肥満体型の、黒ぶちの野暮ったいメガネをかけた男性だった。突入してすぐに目があったが慌てたように視線をそらしてしまった。あまり人慣れしてなさそうな印象がうかがえる。暗い雰囲気の青年だった。気まずい沈黙が流れる。だが黙っていても仕方がない。意を決して僕から話しかけてみる。
「あの…」
彼はビクッとしたような素振りを見せたが、おずおずと僕の方を見てくれた。
「掲示板でやり取りしてた方…ですかね? あの…『見たい』っていう…」
「あ、え、あ…はい…。そ、そうです」
どうやら人違いではなかったようで一安心だ。
「じゃあ…」
そう言って僕がズボンを下ろそうとしたら
「あ、いや、こ、個室入りませんか…?」
と制止された。たしかにこんなところでお披露目してて普通の人が入ってきたら問題ありそうだ。
「あ、そうですね」
僕ら2人は空いていた個室に入っていった。

狭い個室に男2人。なんだかすごく違和感のある状況だ。
「じゃあ…あの…脱ぎますね」
「は、はい、お願いします」
ぽっちゃりくんはなんだかひどく緊張している面持ちだ。その緊張はしっかり僕にも伝染してしまっていてズボンのボタンを外す手はこころなしか震えていた。
僕がズボンを下ろし、下着に手をかけるとぽっちゃりくんはしゃがみ込んだ。僕の股間のすぐそばにぽっちゃりくんの顔がある。すごくすごく、変な感じだ。多少の躊躇いはあったがここまで来てしまえばもう今さらどうしようもない。覚悟を決めて「えいやっ」と下着を膝までおろした。
「おお…」
ぽっちゃりくんは頬を紅潮させながら僕のモノをためつすがめつ眺めている。正面から、右から、左から、下から…様々な角度で僕のモノを凝視し続ける。鑑定士が骨董品を見るときのような真剣な眼差しである。視線もここまで突き刺されば触れられてなくてもこそばゆい。
「あの…」
しばらくするとぽっちゃりが声をかけてきた。
「なに?」
「少しだけ…触ってみていいですか?」
もうここまできたんだ。好きにしたらいい。僕はやたけたな気分になっていた。
「ん、いいよ」
ぽっちゃりははじめ、指でツンツンと僕の性器に触れた。ここまでのやり取りでなんとなくわかったが、こいつはおそらく性別は問わず性的な経験がない。ぽっちゃりは今、恐る恐るといった体で僕の性器をつまんで持ち上げて下から眺め「ああ…」とよくわからない感嘆を漏らしている。
「あ、あの…」
しばらく僕の性器を弄んだ後、ぽっちゃりはまた話しかけてきた。控えめな態度ではあるがなんだか注文が多いやつだ。「なに?」
「少し…少しだけ舐めてみていいですか」
「それはダメ」
「あ…」
「それはやめて」
「あ、ごめん」
ちょっと調子に乗ってしまったようだ。だが僕もそこまで優しくしてあげるつもりはない。
なんとなくそこで空気が変わり、僕は「じゃあ」と下着とズボンを履いた。お開きである。ぽっちゃりは未練がましそうだったが、こんなのはいつまでも続けるもんじゃない。
身だしなみを整えた後、ぽっちゃりくんに聞いてみる。質問タイムだ。
「あのさ…」
「なんですか」
「いや、なんでそんなに見たかったのかなって。大したモノでもないし、見たいなら銭湯でもどこでも行ったらよくない?」
「えっと…実は…」

ぽっちゃりくんがたどたどしく話したことを要約してみる。
彼は小さい頃から肥満体型だった。そのため、ぽっちゃりくんの性器は肉に埋もれ、ひどく小さいものだった。ぽっちゃりくんがそれを気にしはじめたのは小学校の頃に行った修学旅行の時だった。お風呂の時間にぽっちゃりくんの性器を見た同級生はそれをあげつらいからかい笑った。元より気が弱くイジメられがちだったぽっちゃりくんはその後、本格的にイジメられるようになる。中学生になるとイジメはさらに過酷なものになり、女子生徒の前で裸にさせられたりするようにもなった。
その女子生徒も含め、みんながみんなぽっちゃりくんの性器を見て笑っていた。
そんなことがあれば当然それはコンプレックスとなりトラウマとなる。どうにか中学を卒えて、高校、大学と出ても性的な事柄が怖くて仕方がない。とりわけ、女性が怖い。実際に接触することはもとより、性的な動画や画像を見ることさえもできなかった。そして銭湯など、自分の身体を見せるような場所に行くこともできない。過去の記憶が彼を雁字搦めに縛り続けた。
このままではいけない。このまま、怯え続けて生きていきたくない。彼はそう思った。だからまずは「見よう」と思ったのだそうだ。誰かの性器を。そして自分の性器とそれがどう違うのかちゃんと知りたい、そう願った。そういうきっかけでハッテン掲示板に書きこんだのだそうだ。

「ちょっとさあ…君のも見せてみてよ」
ぽっちゃりくんの話を聞いて思わず口にしていた。ちんこが小さい。
すごく小さな悩みに思えてしまう。だが彼の経験したことを僕は経験していない。だから僕は彼を裁くことなんてできない。してあげられることは何もない。ただ、その悩みを知ることしかできない。
「いや…でも…」
ぽっちゃりくんは躊躇いつづける。怯えたような目で僕の目を見てくる。
「大丈夫。大丈夫だから」
「…わかりました」
ぽっちゃりくんはひどく緩慢な動きでベルトを外しはじめた。今度は僕がしゃがみこむ。僕の目の前にぽっちゃりくんの股間がある。すごくすごく、変な感じだ。
「じゃあ…脱ぎます」
意を決したようにぽっちゃりくんがパンツをおろした。
「おお…」
目の前で屹立していた性器はすごく大きいものだった。いや、大きいと言っていいかはわからない。これまでに見たこともないほど太い棒がそこにあった。だが…長さはものすごく短かった。すごく太くてすごく短くて。そういうモノだった。
しばらく眺めてみてから「うん、ありがと。もういいよ」と声をかけるとぽっちゃりくんはそそくさとズボンを履いた。

そのまま2人してトイレの個室を出、トイレを出た。
「あ、ありがとうございました!」
ぽっちゃりくんはやはりオドオドしていたが、はじめより少しは明るい雰囲気で声をかけてきた。
「うん、じゃあ」
と手を振って僕は綾瀬駅の方に戻っていった。
ちんこが小さい。
それだけのことである。でも彼には「それだけのこと」ではなかった。彼はその問題に、苦しみ悩み支配されてきた。子どもの頃、彼をイジめその性器を嘲笑した人たちはおそらく彼のことも、彼の性器のことも覚えてはいないだろう。だが彼はそこで立ちすくんでしまった。そして今も立ちすくんだままでいる。

僕の性器を見たこと。僕に性器を見せたこと。
それが彼が一歩を踏み出すきっかけになってくれたらいいと願っている。もちろんそう簡単にはいかないだろう。誰かに傷つけられた過去を乗り越えることの難しさ、それくらいは僕にだって想像はできる。
僕の股間にぶら下がっているモノとはたしかにだいぶ形状は違っていた。でも、それの何が悪いというのだろう。
太く短く。
それは誰に嗤われるようなことでもない。

振り返るとぽっちゃりくんはまだ僕の背中に手を振っていた。ぎこちない笑顔を浮かべて、手を振っていた。
僕も大きく手を振り返した。

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