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卑弥呼の人物比定12説

 『魏志倭人伝』に出てくる「邪馬台国」「卑弥呼」については、『日本書紀』には出て来ませんが、それらの存在は史実であると考えられ、
「邪馬台国は何処にあったのか?」
「卑弥呼とは誰のことなのか?」
と考古学者から古代史マニアまで、気になっています。
 邪馬台国の位置については、九州説と畿内説が有名で、他には四国説、山陰説、北陸説、東三河説、富士山麓説、東北説、ジャワ島説等100説以上あります。
 卑弥呼の人物比定は、四大説(天照大神説、倭迹迹日百襲姫説、倭姫説、神功皇后説)以外にも、次のような説があります。

(1)天照大神説(古代史マニアが好む説)
(2)倭迹迹日百襲姫命説(考古学者が好む説)
(3)倭姫命説(内藤虎次郎(湖南)説)
(4)神功皇后説(『日本書紀』説)
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(5)(熊襲の)女酋説(本居宣長説)
(6)田油津媛の先々代説(星野悟説)
(7)熊襲梟帥の先代説(日野智貴説)
(8)『筑後風土記』の甕依姫説(古田武彦説)
(9)『先代旧事本紀』の宇那比姫説
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(10)宇佐神宮の比売大神説
(11)応神一族説(安藤輝国説)、物部一族説(鳥越憲三郎説)
(12)能登比咩神社の主祭神の能登比咩説(能坂利雄説)

天照大神…⑦孝霊┬⑧孝元 … ⑪垂仁┬⑫景行─倭建─⑭仲哀
          └倭迹迹日百襲姫倭姫       ‖─⑮応神(八幡大神)
                        神功皇后


(1)天照大神説


 「卑弥呼」について『日本書紀』に書けなかったのは、「卑弥呼」を「天照大神」にしてしまったからだそうです。『日本書紀』に「天照大神」の別名として「大日孁貴」(おおひるめのむち)とありますが、「ひるめ」は「日の女」(太陽神に仕える巫女)であり、「卑弥呼」(日巫女/陽巫女)と符合し、「卑弥呼」を継いだ「台与(とよ)」は、「天照大神」の息子・天忍穗耳尊(あめのおしほみみのみこと)妃の万幡秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)だそうですが、伊勢神宮の内宮の神は「天照大神」(卑弥呼)で、外宮の神は丹波国から来た「豊受大神」(台与)という説明の方がスッキリしています。

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