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武重謙 ヒグマ猟記7「糞を大量に発見する」前編

2020年の冬、ヒグマを獲りたいと決意はしたものの、姿を見ることも叶わなかった。運が悪いとは思わなかった。我ながらどこを探すものかも分かっていないのだから、見つかるわけがない。漠然と山を歩き回り、偶然に出会うことを願っているのだから、姿勢として愚かであるのは間違いない。それでも歩き回ればなにか分かるんじゃないかと期待していた。
分かったことは “偶然に出会うことを期待していたら出会えない” という事実だけだ。

獲物を獲るのも喜びだが、非猟期に “撮る” のも喜びだ。
仮にも写真家を名乗って山に入るので、カメラはいつも手放さない

次の猟期に向けて何をしようか。
昨シーズンを終えたときに思ったことだった。のんびりと待つことはできない。良い猟期は、猟期前の努力の積み重ねで作り上げるのだ。良い鉄砲撃ちは、なんだかんだと理由を付けて山に通い、観察している。それをするしかない。
ということで、猟期が終わっても、山歩きを続けた。車で入れる林道は車で、車が入れないなら歩きで、許可が必要な山は「写真家です。動物写真の撮影のために入林許可をください」と言って入林許可を得た。実際にカメラを持ち歩いていたし、実際に動物写真を撮るのが好きだし、商業誌に自分の写真が使われているのも事実なので、何ひとつ嘘ではないが、本当の目的はヒグマの痕跡や動向を学ぶことだった。写真家を名乗る後ろめたさはあった。

生業として、宿泊業を経営していたので、ヒグマばかりに没頭してはいられなかったが、それでも1時間あれば、1時間。3時間あれば3時間は山に行くようにした。歩く時間がなければ林道を車で流したりもした。とにかく山で過ごす時間を増やした結果、秋になるまでに、ヒグマの糞が多い場所をいくつか見つけることができた。自分が得意としてた山域より、少し遠い場所ではあったが、そこはヒグマの糞の展示会と言っても良いくらい、そこかしこに見つかった。ヒグマのトイレのようだった。

とくに林道沿いにボタボタと垂らしていたので、見かけるたびに車を停めて撮影していると、いつまでも先に進めない有り様だった。また、鮮度の異なる糞が並んでいることもあった。犬が他の犬のオシッコの跡にマーキングするようなものかもしれないな、とも思った。

春から秋まで広範囲を探り続け、ヒグマの痕跡があった場所を記録していった結果、痕跡の濃い地域と、薄い地域がはっきりと分かれた。季節によっても変わるだろうと考えると、この結果だけを踏まえて、猟場を決めるのも危険かもしれないが、とにかく今持っている手がかりはこの程度しかなかったので、それに頼るほかなかった。

秋になると、糞の大半がコクワ(サルナシ)になる。
わたしが観察した範囲だと、地域によってコクワばかりになるところと、どんぐりが主になるところがあるようだ


Profile
武重 謙(たけしげ・けん)
1982年、千葉県出身。自営業。システムエンジニアを8年勤めたあと退職。海外を2年間放浪後に神奈川県箱根町に宿泊施設を開業し、その傍らで狩猟を始める。2019年に北海道稚内市へ移住し、宿泊施設「稚内ゲストハウス モシリパ」をリニューアル開業。単独で大物を狙う忍び猟を好む。小説の執筆も行い、池内祥三文学奨励賞(2012年)を受賞。著書に『山のクジラを獲りたくて――単独忍び猟記』(山と溪谷社)がある ブログ「山のクジラを獲りたくて」https://yamanokujira.com/ ツイッター @yamakuji_jp


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