こんにちは。

創作短編
※少し閲覧注意な内容です

被験者に応募、登録してからはや10年。やっとこの時が来たのだと思うとなんと感慨深いことだろう。
ついに私にもこの時が来た。
細胞を提供する前の日は緊張で眠れなかったけれど、培養に成功した、カプセルに入れた、予定通り順調に育っている、いよいよ明日は対面の日……と日々幸せをかみ締めながら今日まで生きてきた。自分なりにこれからの準備も整えた。まず何を話しかけよう。何をするだろう。脳内シュミレーションはしてきた。色々データを見たり人の様子を見聞きした。でもやはり初めてのことばかりで、想像が出来ない。

建物の入口に着いた。インターホンで名前を名乗ると中に通され、液晶画面越しに本人確認が始まる。「おはようございます。白石朱実(しらいし あけみ)様ですね」
"データベースより顔認証、声紋、DNA、虹彩、唾液の一致を確認""腕時計型端末と登録カードを確認"
…………"の一致を確認"
「全ての一致を確認しました。只今よりご対面いただきます。そのままお待ちください」

前回来た時と同じようにどこからか透明な筒が現れ私を包み込むと、目的地まで運ばれた。

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数秒後、ピアノの音に包まれたフロアに到着した。このピアノ曲を選んだのは、もちろん私だ。心が穏やかになる音色を選んだ。この音に包まれて10ヶ月育った我が子にいよいよ対面する。
直前にも入念な本人確認が行われる。さあ。
「お誕生おめでとうございます!」

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時は2100年。この時、白石朱実(しらいし あけみ)は70歳。「赤ちゃん培養技術」の被験者となった彼女は、この日念願の我が子を手に抱いて自宅へ帰っていった。

「赤ちゃん培養技術」については、安全性やデザイナーベイビーの問題、倫理面、精神的発達への影響、その他様々な懸念事項により実現するまでに相当の時間を費やしたが、「子供は欲しいが辛い思いはしたくない」「何歳からでも諦めたくない」「病気などで産めない男女にも希望を」「子孫を増やさなければいずれ国が絶えてしまう」「多様化社会には必要な技術だ」など少子高齢化に悩む国と市民双方からの後押しを受け2000年代後半に確立、2098年にはついに実用化された。
赤ちゃんは父母双方の組織(遺伝子)を元に培養する。3000gを超えると通知があり、受け取りに行く。その時すでに赤ちゃんにも個人番号が振られていて、いくつかの書類と首につけた細い首輪のような端末と皮膚植え込み型シート等により識別できるようになっている。

この技術には抵抗感を抱くものも多い。しかしそれもまた一時の話になるだろう。

たとえば、今登場した2人の二の腕に見えるモザイクがかったもの、あれはSITS"(シット)という。
皮膚植え込み型シート、Skin implantable Sheetの頭文字を取ってそう名付けられたそれは、個人を識別するため皮膚下に埋め込まれている装置である。これも最初は「個人情報が」「人体に害がある」「管理されるのか」など否定的な意見が多い中で導入されたが、それがあるだけで全ての活動がスムーズに進み、逆になければ不便極まりない社会になったこと、また「人体に影響がない」と身をもって証明する人々が増えるうちに、いつの間にか、二の腕にモザイクがあることは当たり前のこととなった。
最近では、赤ちゃんにはまず1番にそれを埋め込む作業を行う。そうすることで産まれた時からの体調管理がしやすくなり、個人データが逐一そこに蓄積され、以前より遥かに便利な機能として活用されるようになった。今回「赤ちゃん培養技術」で産まれた赤ちゃんにも、もちろんそれは埋め込まれている。
従来のように腕時計型端末で管理するよりも、よほど楽になったのだ。


『文系よりも理数系技術や教育が優先され、電子世界やプログラミング教育が重視されているこの世の中。その結果、単語を覚えるよりも数字の羅列を覚える方がよほど簡単で分かりやすく効率的だという考えが浸透し、人々は個別の氏名をつけなくなった。』
ということが、私には近い将来起こる気がしてならない。

(2100年某日ーロボの日記記録より)

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この「未来からの招待状」の続編かサイドストーリーのつもりです。
これを読んでからまたこの「こんにちは。」に戻ってくると、また違った印象になるかもしれません。

目覚めの珈琲を1杯。ありがとうございます。