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―幻燈館の追憶― 上演作品1『一角獣』

 この文章を読んでくれている皆様、こんばんは。
 今宵あなたにご覧いただくのは、私が幻燈館という映画館だか小劇場のようなところで観た上演作品の中の一つです。
 そこのオーナーもまた昔に口述で聞いた話だそうですが、今度はそれを私が文章で、手法を変えながらお伝えしていくことになった次第です。

 このページに初めて訪れてまず最初に気になるのは、
『どこまでが事実でどこからがフィクションなのか』ということではないでしょうか。
 そういった疑問に、これからご覧いただく物語はまさにぴったりだと思います。


幻燈館上演作品1・一角獣

(文章化にあたり、独自の解釈が含まれる場合があります)

  海へと続く坂道に、壁の白い家が所狭しと並んでいる。
 一軒一軒は大きくないが、多くがてっぺんに灯台のような小部屋が突き出す三階建てである。
 海からの強い日差しを取り入れる室内で、彼はだらりとソファにもたれかかりながらブラウン管を眺めている。
「それでは本日の幻獣情報です。気象庁の発表によると、本日お昼ごろ、〇〇市上空で大変珍しいユニコーンが観測できる可能性があると……」
 ブラウン管のそばにはティラノサウルスやドラゴン、ユニコーンなどの食玩のおまけが並んでいる。

「お兄ちゃーん!ユニコーン見ないのー?」
 階段の上から声がする。彼は一瞥するが、すぐにブラウン管のあたりに視線を戻す。
 ぼんやりと、幼い頃の記憶を思い出す。
 
 小さな彼は夜の森を歩いていた。人参を一本ぎゅっと握りしめている。
「おい、こんな夜中に何をしている」
 不意に声がする方を見ると、老人が倒れた木に腰かけている。
「あ、ユニコーンを、探しに……」
「ふん、あの幻獣とかいうやつか。言っとくがお前、あれは人参なんか食わんぞ」
「え……」
 彼は少しばかり期待した笑顔で老人を見る。
「というか、触れもしない。あれはな、生き物じゃねえんだ。ただああいう形に見えているだけの幻だ。ただの現象、オーロラみたいなもんだな」
 彼の笑顔はだんだんと口角を落とし、ポカンと口を開ける。
「もういろんな国が捕まえようとか、どうかしようって試みた結果、そういう結論になったんだ。分かったらとっとと家に帰んな」
 彼は無表情のまま人参に爪を立てた。
 
 外がザワザワと騒がしい。
 双眼鏡を片手に三階の窓を開ける者、カメラをぶら下げて坂を下りる者。坂下の広場には人だかりができている。
「ユニコーンだってー」
「珍しいよね」
「どの辺で見られるんだー?」
 青い空の一部が桜色に色づき始めている。

 ザワッ!という一際大きな群衆の声。広場が高揚し、緊張する。
 桜色の空間から突如として白い馬が飛び出し、空を駆けてゆく。馬は桜色を伸ばし、軌跡を描く。
 おおー!という歓声が湧き上がる。思い思い音色のシャッター音が交じり合う。
 そんな喧騒がかすかに窓の向こうから届く室内で、彼はカーテンを握りしめて空を見ていた。
 その目は、覇気はないが、それでも確かに、額から伸びる一本の角を振りながら駆けるユニコーンを捉えていた。
 彼はつぐんでいた唇を開く。
「君はどこへいき、なにをするの」
 ユニコーンは桜色の帯を残し、北の空へと消えていった。
 
 夕暮れ時、青白い日の光を背中に受け、白髪の入り混じる彼は雑誌を眺めている。
 雑誌の見出しには、
“ユニコーンは実在した!超ひも理論解明へ……タイムマシンの開発も現実に?”
との記載。
 部屋の奥には、頭蓋骨から一本の角が生えた馬の骨格標本がある。
 彼は雑誌をくずカゴに放る。
「ようやく許可が降りたよ。やっと埋葬してあげられる。人間はね、仲間の死を弔うんだ。君たちはどうかな」

 部屋にはかすかに桜色のもやがかかっていた。





 いかがだったでしょうか。
 私はこの物語に癒され、そしてある希望を持ちました。
 思えば私がフィクションの力の可能性を模索し始めたのも、この物語があったからかもしれません。
 私と同じように、このお話があなたの癒しになったり、もしかしたら救いになったりすれば幸いです。
 ありがとうございました。


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