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うちの子のパンツ、知りませんか?


ある日、お風呂に行く前に息子のズボンを下ろすと、見知らぬパンツがそこにはあった。


パンツが違う

真っ黒いボクサーブリーフのそのパンツは、見たこともないシロモノだった。

わずか4歳にして、
パンツを脱いで、違う人のパンツを履いてくる状況を体験してきた我が子。

もし、妻と夫の関係なら、これは間違いなく浮気の証拠である。

私と息子は婚姻関係を結んでいるわけでは無いが、他人のパンツを平然と履いてくるという行為に驚愕を隠しきれない母は、浮気された妻の如く、そのどこの馬の骨とも知れないパンツを握りしめ、問い質すことにした。

「これ、いったい誰のパンツ?」

母にそう問われた息子は、差し出されたパンツをじっと見つめる。

彫刻刀でくっきり引いたような深い二重に、長く繊細な睫毛が伸びる美しい眼差しを持つ彼を見ると、いつも神様は丹念にこの子を作り上げて私たちのもとに送り出したに違いない、とため息が出る。
毛穴ひとつない肌に手を伸ばせば、いつだってその滑らかさに驚くし、艶やかな絹糸の髪は揺れるたびに天使が鳴らす鈴の音が聞こえてくるようだ。

そんな、この世の美しさを全て凝縮した息子は、パンツを見つめ、母の予想を遥かに超えた答えを麗しい唇から発する。

「あー、しょれ?

しょれねぇ……アナゴさんのぱんつちゅだよ


アナゴさん……!?



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え。そんな。Cv.若本規夫とパンツを交換してきたというの…?

「保育園の同じクラスにいりゅの」

え?いるの?
4歳児に混じって?平然と?

私の困惑をよそに、息子はぷりぷりっと至宝のお尻を左右に振りながら浴室に消える。
後に残されたのは、アナゴさんのパンツを握り締めた母だけだ。



息子はこの6月から保育園に通っている。
ウイルス騒動で遅れに遅れた保育園生活を送って只今約1ヶ月を過ぎようか。
感染対策で親はまだクラスに入ることは許されず、玄関での受け渡しをしているので、どんな子がいるのか、私は全く把握できていない。

(クラスに、アナゴさんなんていたかしら…)

見たら忘れないと思うのだけど。



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とりあえず、アナゴさんのパンツは明日返すことにした。

110の黒いボクサーブリーフを洗濯機に投げ込み、乾燥をかけたら縮んでしまうので部屋干しにする。乾きやすい時期で良かった。

しかしこのパンツ、どこをどうひっくり返しても名前がない。無記名だ。
どうして息子はこれをアナゴさんのパンツと断定できたのだろう。

そんな事を思いながら、パンツを干してる時に気づいた。



(あれ。うちの子のパンツは?)





アナゴさんのパンツ

息子がアナゴさんのパンツを履いてきたように、アナゴさんも息子のパンツを履いてしまったのだろうか。

由々しき事態である。
ヤツはちゃんと洗って返してくれるだろうか。

翌日、乾き切ったアナゴさんのパンツをちょっといい袋に入れて、保育園リュックと一緒に自転車カゴに入れる。

(さて、何で説明しよう)

何せ保育室まで行って探せない状況である。

玄関で、他の保護者とともに子供を保育士さんに預ける、慌ただしい時間の中で全てを説明しなければならない。

子供を預ける、よろしくお願いします、玄関を出る、で1分にも満たない時間の中で、
「子どもがアナゴさんのパンツを履いてきてうちの子のパンツが行方不明だ」と言って、保育士さんは分かってくれるだろうか。

私が保育士なら、コイツはやばい奴だと思う。

保育園に通い始めて、僅か1ヶ月で不審者と見られるリスクをどう回避したら良いか、打開策も見えず保育園に着けば、幸運なことに他の保護者はもう預けた後で、がらん、とした玄関で保育士さんのお迎えを息子と2人待つだけだった。

(うん。常に遅刻ギリギリだもんね。私たち)

まだ不審者とは思われてなくても、遅刻魔とは思われてるに違いない。

毎日、今日こそは早く起きようと反省はしているが、毎朝二度寝してしまう。
朝の布団の魔力は何故こうも人を魅了してやまないのか、思いを巡らせていると、連絡を受けた保育士さんが笑顔で迎えにきてくれる。

「息子ちゃん、おはよ」なんて、朝からニコニコしてくれるなんて、感謝しか無い。
そして、こんな忙しい時間にアナゴさんのパンツを説明しなければならないのが、心苦しくて堪らない。

「あの、先生…これ」

おずおずと、ベビードールの袋に入ったアナゴさんのパンツを差し出す。

「息子が昨日、違う子のパンツを履いてきてしまったので、洗ってきました」
「え!?そうなんですか!すみません!」

いや、謝るのはこっちの方なんだ。話はまだ終わってないんだぜ。

「で、あのう…そのう…」

アナゴさんのパンツって、言ってるんですけど、そんな子保育園にいますか?

…なんて、聞く勇気もなく、違う事を口に出す。

「誰のパンツか、分からないんです」
「名前無かったんですねー。どれどれ」

袋から出した瞬間、保育士さんの顔がパッと輝く。

「マコトくんのパンツですね」

え。そんな。
見たら一発でわかるとか。
保育園行くと、誰のパンツか瞬時に把握できるようになるの?
個人情報だだ漏れじゃ無いか。

そして息子よ。

一 文 字 も あ っ て な い … !





うちの子のパンツ

「あの、先生…申し訳ないんですが、代わりにうちの子のパンツが無くて」
「あら。大変!届いてるかどうか調べてきますね。ちょっとお待ち下さい」

そう保育士さんはパタパタと息子を連れて保育室に消えていく。そして残されるのはパンツ待ちの母ただ1人。

本来なら、そんなに保育園にいてはならない決まりになっているのだが、今はそうも言ってられない。
だって、パンツが無いのだから。

無駄に壁に貼ってある掲示物を注視してみる。
保育に熱心な親に見えるだろうが、頭には一文字も入ってきていない。

そんな、誰に向かってかは分からない、「私は真面目な親ですよ」というポーズを続けていると、程なくして保育士さんは帰ってくる。

「お母さん、すみません。まだ届いてるという報告は無くて。どんなパンツでしたか?」
「ええと、息子のパンツは……」

昨日、息子はどんなパンツを履いていただろう。
今日自分が履いたパンツすら記憶の彼方にあるのに、息子が昨日履いていたパンツを思い出すのは至難の技だ。

朧げな記憶の糸を辿り、昨日息子が履いたパンツを必死に思い出す。

そう…たしか…たしか…

記憶が閃き、思わず叫んだ。


「ブリーフです!」



うちの子のブリーフのパンツ


「うちの子のパンツは、ブリーフです」
「なるほど。どんな色ですか?」
「黄色の…ゾウの絵が描いてありました」

私の言葉に、保育士さんは怪訝そうに首を傾げ、呟く。

「…………像?」



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「いえ、象です」



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90の黄色の象が描かれたブリーフのパンツの捜索を任せ、保育園を出る。

そそくさと、今日やらねばならないタスクを組み立て、溜まったSlackに返信するうちに、昨夜から悩ましていたパンツのことはもう頭から消えていた。


そう。失くし物あるあるなのだが、探している時には見つからない。
忘れた頃に見つかるのが失くし物だ。


その日は在宅の仕事だったので、家で仕事を済まして、空いた時間には部屋で掃除機をかけるぐらいの余裕があった。

そして、本当に何気なく洗濯かごをのぞいた時、目があってしまった。

片隅に確かにあったソレは、
何故見落としていたのか分から無いぐらいの存在感で、私を見つめていた。





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うちの子のパンツ、あったよ…!!!!





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