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ケンカ下手くそ番長


私はケンカが下手くそだ。

しょっちゅう怒ってはいるのだが、それで何か解決した事がない。


例えば、先日の休日。
家族で公園に行った時、タイミングを逃して昼食を食べれなかった。


時と共に増す空腹感。
はしゃぐ幼児。


風の冷たさがしんどさを増してきた頃、ようやく飲食可能な休憩所にまだ遊びたらない用事を誘導でき、さて大人も何かお腹に入れよう、となったのは15時半だった。


「ねえ、何か食べるもの買ってきたら?」
「……………」

夫はこだわりが強い。
私が何か気を利かせて買ってきても、気に入らないものだと手をつけようとしない。
それ故、買ってこいと促しているのだが、当の夫はそっぽを向いて黙ったままだ。

原因は分かっている。
夫は空腹になると機嫌が悪くなる。

だから、その機嫌を直す食べ物を買ってこいと言っているのだが、今日はその段階を過ぎたようで頑としてその場から動こうとしない。

普段なら、気を利かせて色々話しかけたり、何か買ってきたりするのだが、この日私はこの態度に猛烈に腹が立った。


なんなんだ。
お腹が空いていて、ここに食べたい物がないなら買いに行けば良いじゃないか。
自分の不機嫌をアピールするだけで何もしないとか、どういうことだ。それが大人のすることか?

もういい。お前がそう言う態度を取るなら、こっちも徹底的に無視してやる。

というわけで、そこから夫と会話を避け、家は沈黙に包まれ、再び言葉が交わされるまで何と3日かかった。



1日目。猛烈に腹が立っていたので、もう徹底的に無言を貫いた。そして何故か、夫も併せて無言になった。
無言で食事を共にし、テレビを見、お互いいないように子どもと会話した。

2日目。お互いのその態度にやはり腹を立てて無言を通す。

3日目。怒りは失せて、この状況をどうするか考え始める。

もう怒ってない。
けど、今更どうこの現状を打破する?
そもそも、これはケンカと言えるのか?

要は、落とし所が分からなくなったのだ。
振り上げた拳をどうしたら良いか、良い大人なのに全然分からない。


こちらとしては、不機嫌アピールされても家族仲が悪くなるだけなので、そうならないように対策してほしいだけなのだ。
だって、夫は、お金を持っていない幼児でも、ワガママが可愛い女子でも無い、30半ばを過ぎたオッサンだ。
自分の機嫌くらいは自分で管理してほしい。



しかし、この今更感が半端無い話題、どうやって蒸し返す?
ここでまた言い争いになっても嫌だし、どうしようかな。
なんて考えながら、息子を保育園に迎えにいけば、愛くるしくも美しい、すっと通った彼の鼻梁に真新しい小さな傷跡があった。



****



「お母さん、すみません」

担任の若い保育士は私の顔を伺いつつ、申し訳なさそうに切り出す。


「息子ちゃん、お友達と喧嘩してしまいまして。その時のケガなんです」
「そうなんですか」

息子は4歳の男の子。
ケンカくらいは珍しくないし、むしろ良い事な気がする。相手に怪我をさせて無ければ。


「息子ちゃんね、まーくん守るためにぐー、ぱーん!ってやったの!」

ほう。限りなくダメな気がする。

息子の言葉に困惑して保育士さんを見れば、苦笑いしながら、状況を説明してくれる。

「息子ちゃんとお友達が遊んでいたら、違うお友達が息子ちゃんと2人で遊びたかったらしく、それまで遊んでいた子とケンカになってしまったんです。
で、遊びたがってた子が遊んでたお友達を殴ってしまって。
それを守ろうとしたみたいなんです」


つまり、息子とまーくんが遊んでいた所に第三者の子が割って入ってきて、その子が息子と2人で遊びだがったと。
で、まーくんとその子とケンカになった所に入っていったのか。


「まーくんも一緒に遊べばいいのに、まーくんのことパンチしてきたから、息子ちゃん、怒ったの」
「相手の子もケガは無かったので、安心してくださいね」

息子の言葉をフォローするかのように、保育士は優しく言うのと同時に、息子は胸を張って言う。

「みーくん、怪我しなかったもん!」


なるほど。
その当のみーくんは、今まさに親御さんが玄関に迎えにきている。
一気に気まずい雰囲気でいっぱいだ。

大人同士の何とも言えない視線の交わし合いの中、そのみーくんが保育室から出てくれば、一直線に息子の元に向かう。


お。どうなるんだ。
第二ラウンドか?


ちょっとハラハラしながら身構えると、みーくんは元気よく「今から帰るの!?一緒に帰ろ!」と息子に声をかけてくる。

「うん!キョーソーしよう!」

息子もニコニコと笑い、キャッキャと靴を履き、ぐるぐる回りながら帰り道を駆け出していく。

「すみません。うちの子が」

理由はどうあれ、殴ってしまったことは良くない。
そう思い、誠意を込めて頭を下げれば、

「すぐに仲良くなるもんですね」

傾きかけた陽と、楽しそうな幼児2人を眺めながら、みーくんの親御さんは笑う。

「そうですね」

くるくるその場で回ってはしゃぐ幼児たち。
ピンク色に染まる空は、ゆっくりと夜に向かい、
更に冷たくなるのを予兆する冬の空気が頬を掠めていく。

そんな、何気無い私の周りにあるもの全てが、急に今しか無いものだと実感する。

幾年もかけ、何度も繰り返される内に私には褪せてしか映らなくなったこの景色も、この時間も。
この子達には今まさに鮮明に見えている。

この瞬間が全ての4歳にとって、「ケンカする前に話し合いなさい」なんて、到底無理な芸当だ。
これから続く、同じような明日も明後日も、この子達には無いのだから。
ケンカして気まずくなるとか、そんなの知ったことでは無いのだ。

鼻にできた小さな傷を、息子はこれから何度も何度も体につけて、そうして、ケンカした先にある「仲直り」を経験して、成長して、しなくてもいい怪我をしないようになるまで、いったい何年かかるんだろう。
その度にこうやって、何でもない風に仲直りしていくのか。


ああ。そっか。
私、怒るのが下手なんじゃなくて、仲直りするのが下手なんだ。

ケンカしたところで、どうやって元のように戻れるか分かっていないし、きちんと自分の気持ちも伝えられない。
それで、何も言わずに平行線のままで、解決できない。

こんな風に。息子のように。
殴り合って、擦り傷を作って、その先にある仲直りを、私は子ども時代にしてこなかった。
むしろ、ケンカを避けて口をつぐむ子どもだった。

もっともっと、傷つくことを恐れないでぶつかっていたら。
違う喧嘩の仕方を選べていたのか。


うちに帰れば、まだ夫は無言のままだろうか。
ここまで長期的になるとは思っておらず、戸惑って私が普通に戻るのを待っているのか。

とにかく、今のこの状況は建設的では無い。 
圧倒的に。


とりあえず、家に帰ったら、「ただいま」と言う事から始めよう。
だって、私はもうケンカをする前の話し合いができるほど、大人なのだから。




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