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正義

労働組合とか、そういう団体は必要という理解をしているものの、それはきちんと言葉というツールで交渉すべきで、それを越えた暴力というものでやりあおうとする世界は、あってはならないことのように思う。

自分たちで作り上げてきた世界を、そういう形で壊してしまう。悲しいことだ。滅亡すべきだ。人間ぜんぶ。地球に失礼だ。

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青年は、かねてより考えていた思想を膨らませ、その思想を実現するために行動したいと思っていたのだが、残念ながら青年にはその具体的な方法が思いつかなかった。ネットになにか、そういうことを書き込もうかと考えたが、それで自分がバレて捕まるのはイヤだ。だが、何でもいいからぶっ壊したくなる衝動が、日に日に大きくなっていくのが分かった。なぜ誰も、俺の気持ちを理解してくれないのか。それについては全く理解できなかった。

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きっかけはなんだって良かったのだ。暴れるための理由に「正義」を選んだだけで、その「正義」を盾に、警察庁舎へ火炎瓶を投げ込んだ。家にあったウイスキーの空き瓶に灯油を入れ、とても原始的に作った火炎瓶。俺は誰かのヒーローになりたかった。ヒーローは、弱いもののために戦う。不当な解雇によって痛い目に会った人間たちの前に立ち、火炎瓶を投げた。
そしてすぐに逃げた。捕まりたくなかったから。逃げながら火炎瓶を投げた方を振り返ると、警察庁舎は火の海になっていた、なんてことはなく、さっきの風景とほとんど変わっていなかった。
風景の違い。それは、数十名の警察官が庁舎から飛び出し、何人かのデモ隊を確保していることだった。逃げた俺は捕まらず、後ろにいた数人が捕まった。正義、とはなんだろう。俺はそんなことを、どこか隠れる場所がないか探しながら考えた。

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火炎瓶が投げ込まれたというニュースを目にし、また心を痛めた。なぜ、喋ることで解決しようとしないのか。下劣な人間。
だがしかし彼は、解決する術を持たなかった。ここで何を考えたとしても、結局それは彼の脳内でぐるぐる回るだけで、世界には何の影響も与えなかった。もしかしたら生きる意味がないのかも、という考えに至るのは至極真っ当だった。きっと生まれる時代を間違えたのだ。
そう、考えるようになり、ドアノブにベルトを引っ掛け、静かに死んだ。

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ヒーローはやがて、警察に捕まった。すでに捕まっていた人間が彼の身分をバラし、火炎瓶を投げてから数時間後には彼のアパートの呼び鈴が鳴った。ヒーローはその時すでに帰宅しており、一瞬外に出るか迷ったが居留守をしたとしてもすぐに捕まるだろうと思い、ドアを開けた。
すぐに羽交い締めにされ、警察車両に乗せられた。
ヒーローなのに捕まるとは。正義とはいったい、なんだったんだろう。弱いもののためにあの火炎瓶を作り、警察庁舎に投げたというのに。
彼はぎゅっと歯を食いしばった。

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