見出し画像

ビンゴ

「洋ちゃん、今日も揃ってないね」

高二の時に行われた文化祭で盛り上がり、その勢いで付き合うことになった洋ちゃんとは、帰宅する方向が少しだけ一緒だ。
最後に分かれるところに大きなマンションがあり、各家庭が灯す明かりが真っ直ぐに揃ったら、その夜は洋ちゃんの夢が見られると願掛けをしていた。

結局、卒業間近に洋ちゃんと別れるまで、ただの一度も揃ったことはなかった。

洋ちゃんは工業系の大学へ行くと言っていて、私は美容系の専門学校を志望していたから、同じ学校に行くことはないんだなとぼんやり考えていたものの、それでも、同じ街に住めたらいいなとか、そんな軽い感覚を抱いていたのだが、洋ちゃんはなんと北海道へ行く、と私に宣言したのだ。

てっきり、東京に行くものだと思っていたから、私はとても驚いた。
例のマンションがある曲がり角で、そんなことを打ち明けられ、まさかこんなところで?!と私は口をぽかーんと開けたまま、洋ちゃんを見つめた。洋ちゃんの背後には切った爪のような、薄い月が見えていた。

そして、もちろん、その日も、マンションはビンゴになっておらず、そして、その日を最後に、私は洋ちゃんと一緒に帰るのをやめた。
確か、まだ、10月くらいだったと思う、そんなに寒くなかったから。

私はその日くらいから、別れを意識し始めた。
別れが来るその日が怖くて、私は、そのマンションを見る度に洋ちゃんのことを思い出してしまうから、その道すらも帰れなかった。

そのうちにゆっくりと連絡の頻度が落ち、私は洋ちゃんと付き合っているかどうかすらも分からなくなり、ゆっくりと年が明け、1月生まれの私はひとつ歳を取った。

美容系の専門学校には難なく合格できた。
私はそのことを洋ちゃんに連絡しようとしたが、「合格」という言葉がこれから受験を迎えるであろう洋ちゃんにとってプレッシャーになるとかわいそうだと思い、連絡せずにいた。

学校で洋ちゃんの姿を見かけると、私はなんとなく彼の目線に入らないように努めた。そんなことをしたってなんの得にもならないのだ。もどかしかった。この関係をなんとかしないといけなくて、けど、私にはどうしたら良いのか全く分からなかったのだ。時間が解決するだろうという考えはあまり思い浮かばなかった。なぜなら、きっと、若かったから。

いや、それでも、分かっている。はっきりさせるべきなのだ。このままズルズルと引きずって洋ちゃんとなんの関係なのかも分からず、腐れ縁ほど腐りきってもいないこの関係を、私が持つボキャブラリーで表現することはできなかった。

だけど、私は分かる。気持ちを振り絞る。

別れるべきだと。

私は決意した。洋ちゃんの受験が終わったら、私たちの関係もきちんと終わりにすべきだと。

そしてその日はあっという間に訪れた。

卒業式の前日、たまたま廊下で洋ちゃんを見かけた私は、何の心の準備もせずに洋ちゃんの目線に入り、そして洋ちゃんとの距離をゆっくりと近づけた。

洋ちゃんは、少し戸惑っていた。その場を離れるべきなのか、しかし、私が洋ちゃんへ向かっていると気づいていた彼は、彼のほうでも腹を括ったような顔をしていた。

「今日、一緒に帰れる?」

洋ちゃんは頷いた。

洋ちゃんは北海道の大学に合格していた。おめでとう、と消え入りそうな声で伝えた。
会話が続かない。
あの頃は、私たちは、何を話したのだろう。

心細い、早くあのマンションに着きたい、私は願った。
洋ちゃんもきっと、同じようなことを考えていたように思う。

そしてようやく、例のマンションが見えた。

「今までありがとう。ここでもうお別れだよね。大学に行っても頑張ってね」

私は涙を堪え、洋ちゃんの方を見ることができなかった。見ると泣いてしまいそうだったから。
だから、洋ちゃんは、どんな表情をしていたか私には分からなかった。
戸惑っていたのかもしれないし、まぁ、私が一緒に帰ろうと伝えた時点で、察していたのかもしれない。おそらく後者であろう。

「さよなら」

そう伝え、私は自分の帰路へ向かう。

「サチ、もしかしたら今夜、俺、サチの夢に出てくるかもな。そしたらごめんな」

洋ちゃんが夢に出てくるのに、ごめんなんて、そんなことない。ごめんだなんて、卑下しないでほしい。

マンションの上から2つ目の階は、横一列、綺麗な明かりが灯っていた。

私は、この気持ちが未練なのかどうか判断できず、洋ちゃんのことを追いかけた。もしかしたら専門学校を諦めて、北海道でフリーターでもしながら、洋ちゃんと一緒に暮らすのも、もしかしたら悪くないのかな、なんて考えながら。
洋ちゃんの背中が見える。そしてその向こうには、あの日に見たような、月が見えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?