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いつか気がつく

悩みの中間地点を折り返す。

悩んで悩んで悩み抜いて、というほどには悩みきっていないが、これ以上、俺には悩み続ける気力が残っていなかった。疲れたのだ。
長いトンネルを、ずぶ濡れになったスニーカーで、ひたすら歩いている気分だった。肌寒く、空腹で、身体は冷え切っていて、まるで地獄のようだった。閻魔大王から、「お前は堕ちろ」と言われ、地獄と言われる場所にたどり着くまでの長いトンネル。外灯はチカチカと照らしていて、いや、照らしていてと言えるほどの光量はない。なぜなら外灯にはたくさんの苔がこびりついているからだ。外灯はきっと、メンテナンスという言葉を知らない。

そんな中で、どん底だな、もうこれ以上落ちることはないな、と気づいたのは、同僚の諒太さんと喫煙所でタバコを吸っている時だった。
彼は冗談を言うタイプで、沈んでいる間は彼の冗談を真に受けることができなかった。俺の気も知らないでいつもヘラヘラしやがって、と心の底でいつも不貞腐れていた。空気読めよ、と思っていたのだが、その日は不貞腐れることなく、彼の冗談を受け入れることができた。
おそらくそれは俺の心持ちが変わったのだろう。きっかけなんて思いつかない。ストレスになっている悩みは一向に解決する気配を見せず、つまり根本的な解決には全くと言っていいほど前進していないのだから。

諒太さんはさっき、一緒に行った昼食で、店員の不手際で水をこぼされた。彼が履いていたジーンズは、太腿のところがびしょ濡れになった。てっきり、彼は店員に対して高圧的な態度で謝罪を要求するのかと思っていたが、全くその逆だったのだ。彼はまるで店員を擁護するかのように、「気にしなくて良いですよ」と言った。店員は店長を呼び、二人してペコペコと謝っていたが一方で諒太さんは落ち着き払っていて、あっという間にその事態は終息した。

そのことを、食後の喫煙時に聞いたのだ。なぜ、諒太さんは怒らなかったのか、と。普段の彼を見ていると、そちら側に倒れるのは十分に予想できたのだ。

彼は言った。
店員の彼女が可愛かったから。それだけ。まぁ、彼女を悲しませたくないしさ、なにより、ごちゃごちゃしてめんどくせぇだろ。細かいことでぐちゃぐちゃしたくないの、俺。あそこの麻婆豆腐、うまいしね。

諒太さんは圧倒的に、細かいことを気にしない人だったのだ。いつも毅然とした態度で、社内だけではなく社外の関係者に対しても厳しく接する人であったから、俺は彼に対する見方が変わった。

その時に、俺はふと、察したのだ。
俺が抱えていた悩みなんて、もしかしたらとてもちっぽけなものなのではないか、ということを。
決して解決に向かう兆しは見えておらず、しばらく悩み続けるだろう。だが、諒太さんのおかげで、ちょっとだけ前を向くことができたような気がする。

解決策なんて、いつか気づくのだろう。視点を変えて、前を向いていこうと決めた。

彼女のLINE、交換できないかなぁー。さっきのお礼ってことで。おじ、ちょっと頼むわ。
諒太さんはタバコの煙を吐き出しながら、俺に冗談をふっかけた。

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