病気を自覚させたい母と自覚できない祖母と何もできない僕と認知症と【統合失調症】

僕が小学4年生の頃
学校から帰ると、家には僕のおばあちゃんがいた。
母は仕事に行っており、夜6時を過ぎないと帰ってこない。
学校から僕が帰宅してから夜6時まで、
近所に住む祖母が僕の面倒をみてくれていた。
おばあちゃんは優しくて、学校から帰ると僕にたくさんおやつをくれて、ずっと僕と遊んでくれて、毎日楽しかった。

ある時、
僕と家で遊んでいると突然、「また電気が来た」といい、なぜかイヤホンをした。
イヤホンをしたまま僕と遊んだ。
不思議だったが、僕は特にイヤホンについて聞かなかった。

別のまたある日、
なぜかずっと口元をハンカチで覆っていた。
そして、
尋常じゃないペースで、長時間歯磨きをしていた。
とにかく口をゆすいでいた。

おばあちゃんが、僕にはよくわからない行動をする日が増えた。

あるとき、おばあちゃんは僕に言った。
「隣の家の人が、うちをずっと監視してるんだよ。あんたが学校行って、誰もいない間、うちに何人も人がここに入ってきてるんだよ。電気の機械とかで、全部仕組まれてるんだよ。私の足にずっと電気が流れてる。それでね、うちには薬入りの空気が送られてきてるんだよ。気を付けてね」

よくわからなかった。
情報量が多すぎるし、
気を付けてねと言われても、何に気を付ければいいのかわからなかった。

祖母は僕に詳しく、家の危機的状況を説明してくれた。
隣人によって僕たちの家は監視されていて、
僕たちが今吸っている空気には有害な成分が入っていること。
それをなるべく吸わないために、自分は口元をハンカチで覆っているのだということ。
それでも口に有害な物質が入ってしまうから、歯を磨いて、口をゆすいでなるべくそれを吐き出そうとしているのだということ。
家には電気が流れていて、おばあちゃんは足に電流を流されているということ。

詳しく説明されたが、
僕は電流を流されていないし、空気に毒が混じっているとは思えなかった。

お母さんが僕に、事情を話してくれた。
おばあちゃんは、僕が生まれる前からずっと、心の病気なのだと。
幻覚や幻聴、被害妄想などの症状があるのだと。
そして、幻覚も幻聴も被害妄想も、
「妄想じゃない!本当だ!本当に隣人に監視されているんだ!」と断固として言い張っているのだと。
症状が強い時期と収まる時期があり、今はかなり症状が強いと。

おばあちゃんは昔、あまりに妄想が激しくなりすぎて入院したことがあるらしい。
その時も、「病気じゃないのに入院させるな!!」とキレ散らかし、
入院を断固拒否したらしい。
そして、一度入院を拒否し帰宅。
後日お母さんが、おばあちゃんを騙して外に連れ出し、病院に連れていき、
そこで屈強な先生と看護師4人に強制連行してもらって入院させたらしい。
そこまでして入院させるのはどうかと思ったが、
夜中に隣の家に向かって「うっとうしいな!毎日毎日、何を考えてるんだ!このキチガイ野郎が!」などと叫んでしまって問題になり、入院させなければ仕方がなかったらしい。

このままではまた入院が必要になるかもしれない、と母が言う。
入院せず、病院から処方される薬を飲んでなんとか症状を抑えようと
医者も尽力してくれていたようだが、
おばあちゃんは「病気じゃないから飲まない」といい薬を飲まない。
お母さんが、「なんで飲まないの!?」と怒鳴る。
おばあちゃんが薬を飲むのをお母さんが見張るようになった。
飲むまで監視されるので、さすがにおばあちゃんも薬を飲んだ。
しかし数日後、ごみ箱から、飲んだはずの大量の薬が見つかった。
お母さんにバレないよう、薬を飲んだふりをして捨てていたのだ。
薬も飲んだように見せかけて水だけを飲み、薬だけ捨てるその姿は、さながら手品師のようだった。
おばあちゃんの頭に黒いシルクハットも見えたような気がした。
それは冗談だが、
薬を飲んでいないことが見つかり
またお母さんが怒る。

日に日にお母さんが怒ることが増えた。
おばあちゃんも負けじと反論する。
絶対に病気だと言い張るお母さんと、
絶対に病気ではないと言い張るおばあちゃん。
両者絶対に譲らない。

「隣の人に私毎回毎回謝りに行かなきゃいけないんだよ!!!」という母。
祖母が隣人に迷惑をかけるので、母がその都度菓子折りなどを持って謝りに行っているのだ。
それに対しおばあちゃんは「あんたが謝りに行くから、病気だと思われるでしょうが!!!!」と謎の反論。
でも、おばあちゃん、絶対に折れないし、反論までのスピードが尋常じゃなく早い。

僕はどちらの立場にも立てなかった。
おばあちゃんが病気なのは多分確かだが、
自覚がないのも含めて病気だから、どうしようもない。
怒られて反省して「じゃぁ、病気だったということで….」となるとは思えない。怒ってどうにかなる話ではないので、怒るのは絶対に違うと思う。
ただ、おばあちゃんの側に立って「病気ではない!」と言い張るのは意味が分からないので、それもできない。

お母さんとおばあちゃんの喧嘩など見たくなかった。
僕はずっとパソコンでひとりでYouTubeを見ていた。
おばあちゃんとお母さんが喧嘩をしているときは、
そっとヒカキンTVの音量をMAXまで上げた。

おばあちゃんには毎日のように「あんたは大丈夫?あんたにも電気流されるかもしれないから、なんかあったら言ってね。」と言われる。
「僕は大丈夫だよ」とだけ返す。
「病気で勘違いしてるだけで、おばあちゃんも電気なんて流されてないよ」とは言えなかった。
僕はおばあちゃんに「病気」とは絶対に言わなかった。
そこだけは拘った。
どんなにおかしなことを言っていても。
「喉が渇くのをやられてる」と言い水を何リットルも飲んでも、
「隣の家の奴がやかんに薬を入れた」といい、急にお茶を全部捨てても、
「隣の奴がテレビを映らなくした」と言い張ったが
どう考えてもおばあちゃんがリモコンのボタンを押し間違えてBSにしていただけだったときも。
突然おばあちゃんが僕の耳に手を突っ込んできて
「耳から何か入れられてる。尋常じゃないくらいキーンキーンと音がする。あんたも入れられて、、、」と言ったときも、
「僕は大丈夫だよ」としか言わなかった。
「それはたぶん耳鳴りだよ」とは言わなかった。
おばあちゃんは、毎日存在しない敵と戦っていて、苦しい思いをしている。
僕には想像できないような苦しい毎日なのだろう。
なのに、「病気だ!!」と否定されてはあまりに可哀相すぎる。
せめて否定しないでおいてあげることくらいしか、僕にはできなかった。
否定して「病気だよ!」と言うことで病気だと自覚出来て症状が治まるならいいが、そんな様子はなかったから、絶対に否定しないことにしたのだ。

月日は流れ、僕が中学生になったころ、
おばあちゃんはもう一度入院した。
そして、強い薬を看護師に見られながら飲む毎日になった。
看護師の前ではさすがのおばあちゃんも
薬を捨てる手品は披露できなかった。

しばらくして、僕はお母さんと一緒に面会に行った。
鉄格子とまではいかないものの、重たい格子扉で隔離され、カギのかけられた病棟だった。
おばあちゃん、こんなところに入院させられているのか…。
僕は悲しかった。
おばあちゃんは、何も悪いことをしていない。
妄想で隣人に迷惑をかけているのはめちゃくちゃ悪いし
隣人にとってはたまったもんじゃないと思うが、
それは誰のせいでもない。
なのに、こんな刑務所のような病院で暮らさなければならないなんて。
毎日隣人からの攻撃を受け(ていると思っ)たり、
刑務所みたいな病院で暮らしたり、
あまりにも可哀相だ。
おばあちゃんはめちゃくちゃ良い人なのに。
老後の楽しい生活がなぜこんなことにならなければいけないのか。

面会して、僕は驚いた。
めちゃくちゃ元気だったはずのおばあちゃんが
一気に老け込んでいる。
腰が曲がり、
歩くスピードも喋るスピードも
普段の0.25倍速だ。

強い薬を飲んだ副作用らしい。

しばらくして退院した。
強い薬を毎日飲み続けなければならず、全く元気がなかった。
おばあちゃんは今まで、日々公民館に運動しに行ったり、
隣人に抵抗するために市役所や警察に行って相談したり、
「薬が入れられているから見てくれ」と保健所にだ液を提出しに行ったり、
活発に動いていた。
しかし、薬を飲んでから
毎日家でテレビをつけて、ただ丸一日寝ていた。
料理もつくらなくなった。
外にほとんど出なくなった。

しばらくして、
おばあちゃんは、認知症になった。

1年間くらいは、なんとか僕とお母さんで協力して
家でおばあちゃんが暮らせるようにしたが、
徘徊が始まってしまい、転んで市議会議員に助けられるなど
自分で家で暮らすことができなくなってしまい、
施設に入った。

施設に入ってすぐ、
コロナ禍に入ってしまい、面会ができなかった。
ずっと面会できなかったが、ある時一度だけ会うことができた。
それは、おばあちゃんが病気になり、施設から病院に移動するときだった。
その時だけは、僕ら家族が一度おばあちゃんを引き取って、病院に連れて行かなければいけなかった。

久しぶりに会ったおばあちゃんは、
何も話せなくなっていた。
ずっと無表情で、何もわかっていない様子。
名前を呼べば一応返事はするが、
何を話しかけても「うん」しか言わない。
「今日お昼何食べた?」と聞いたら「食べてない」と答えたが、
それ以外は「うん」しか言わなかった。
(施設の職員によると、お昼ご飯は食べたらしい。)

おばあちゃんは、イヤホンもしていないしハンカチで口を抑えてもいない。
何も喋らないから、何を考えているかわからない。
今も隣人から攻撃されているのだろうか。
今おばあちゃんが吸っている空気は薬が入っているのだろうか。
足に電流は流れているのだろうか。

おばあちゃんは元気だった時、
毎日隣人からの攻撃に苦しんでいた。
毎日日記を書いていた。
いつか訴える、裁判をする、その時のために何月何日の何時にどんな攻撃を受けたかを書き綴っていた。
それを読むと、本当に毎日苦しんでいるのがわかる。
おばあちゃんの家も僕の家も全部屋監視できるようになっているし、
車にもGPSがつけられているし、
日によって多種多様な薬が空気に入れられ、
電気による攻撃は足や腕、肩、いろんな場所に及び、
毎日眠れず、寝ても1時間で起こされ、
電気の攻撃に耐えるために寝る場所を移動し、
また起こされ、
家電は壊され、
散々な目に合っている。
ある日家に帰ると、趣味で演奏しているハーモニカに大量の綿が詰められていたこともあったらしい。

でも今、
そんな攻撃を受けているようには見えない
あんなに憎かった隣人の存在も、忘れているのかもしれない。

もしそうだとするならば、

おばあちゃんにとって、
認知症で何もわからない毎日と、
隣人の攻撃という妄想によって苦しめられる毎日、
どちらが幸せなのだろうか。

おばあちゃんは今、楽しいのだろうか。

誰にも邪魔されない楽しい老後を過ごせているのだろうか。

何も口には出さないけれど、
毎日を楽しんでくれているといいな。

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