無料の塾でバイトしてみた

大学1年の秋、塾講師のバイトに応募した。
生徒の親からのプレッシャーに耐えつつ、生徒と一緒に頑張って、志望校合格まで導いてやるぜ!!と意気込んで応募した。

しかし、僕は普通の塾とは少し違う、「無料の塾」に配属された。

生徒の家庭は月謝を一切払っていないらしい。

受験で偏差値の高い学校を目指すとか、そういう子が来るわけじゃないみたい。

今回は、そんな無料塾でのバイトのお話。

無料の塾とは

生徒の家庭は月謝を払わない。
では、どこからお金が来ているのか。
国である。
税金でまかなわれている。
生徒宅は月謝を払わなくて良いが、きちんとこちらには給料が支払われる。

塾に通いたくても通うことができない、
家庭が経済的に苦しいという世帯の小学生から高校生までの子ども達が
無料で来ることができる仕組みになっている。
生活保護を受けている世帯や、両親が離婚しているという生徒が多い。
不登校の子もいる。
家庭環境によって学力などに差ができてしまうという負の連鎖を断ち切るのが目的なのだ。

そして、塾といっても、塾の校舎があるわけではない。
公民館の1室を借りて行われる。
塾講師が何人か、公民館での授業に派遣される。
この無料塾は、各自治体で行われており、数も増えているらしい。
最近では、何社もの塾でこの事業の取り合いになっている様子。
あそこの会場は他の塾に取られたとか、この会場はなんとか今年も担当できることになったとか、そんな話を年度初めに聞く。

授業の流れ

塾では2時間ほど授業がある。
開始10分前くらいに先生たちが集まり、生徒を待つ。
生徒は大体開始時間ちょうどか少し遅れてやってくる。
どの生徒が来てどの生徒が欠席なのか、
現場の先生は事前に分からないという謎の仕組み。
私が毎週教えに行く会場は、
先生4人に対し生徒10~15人程度であることが多い。
先生ひとりあたり3~4人の生徒を指導する。
毎回同じ生徒を見ることが多いが、
生徒も結構休むし、
たまに「3ヵ月ぶりに来ました!」とかいう子もいたりするので
毎回必ず同じ生徒を担当できるわけではない。
無料だからといって、生徒登録だけして1回も来ない子もいる。
会場や日にちによって、生徒が全然来ないこともある。
私が1度だけヘルプで行った会場は、
先生が4人いたが生徒がひとりしか来なかった。
小学生の女の子が漢字ドリルに取り組むのを、4人で見守った。
4人に見られるなんて、とんでもないプレッシャーだ。

基本的な指導スタイルは、
生徒が自分で学校の宿題や市販のワークを持ってくるので
それを解いているのを見守る。
手が止まっていたり、質問が出れば答える。
そして、生徒が疲れてきたら、少し雑談。
普通の塾と違って、2時間中1時間くらい雑談でも良い。
ここに来る生徒たちは、ひとり親世帯も多く、家でひとりの時間が多い。
だから、ただ勉強するだけでなく、先生たちとコミュニケーションをとることも大事なのだ。

生徒とたくさん喋って、勉強を教えて、
最後に本部へ提出する報告書を書いて終了。

無料塾にやってくる生徒たち

いろんな生徒がいる。
勉強を頑張っていて積極的に質問をくれる子もいるし、
全くやる気のない子もいる。

勉強する気ゼロ

やる気がなさ過ぎて、勉強用具を何一つ持ってこなかった子がいた。
教科書もワークも何も持ってきていない。
公民館まで時間通り来るだけ立派だが、全く勉強する気がない。
塾ならば何かしらの教材が置いてあったりするのだろうが、
公民館なので教材など何もない。
生徒に「何しに来たの?」と聞くと、
「聞いて!ウチ、明後日彼氏が誕生日なの!だから、サプライズで歌詞動画送るから、それ編集する!」
と言う。

歌詞動画とは何か。
スマホに入っている写真を数十枚繋げてスライドショーにする。
彼氏との思い出の写真たちだ。
そして、その映像に音楽をつける。
写真とよく合うラブソングだ。
そして、その曲の歌詞をそれらしいフォントで書いてスライドショーの上に表示する。
それが歌詞動画だ。

僕は数学や英語を教えるつもりで来たのに、
知らない中学生カップルの写真をたくさん見せられ、
写真をいっしょに選ぶだけの2時間を過ごした。

「この写真、先生も見て良いの?大丈夫?彼氏さんは見られたくないって思ってないかな」などと気を遣いつつ、
中学生でこんなにデートしてるなんて…羨ましいぜ…と嫉妬しながら作業を見守った。
その子を担当したのはその1回だけだった。
彼氏、喜んでくれたかな。
いまも付き合っているのかな。

やる気はあるけど…

「3年生になったから、今日から頑張る」と意気込む生徒。
1,2年の時は、学校にも行ったり行かなかったりで、
行っても授業をろくに聴いていなかったという。
3年生になって新しく配られた数学のワークを開く。
最初のページは、1,2年生の復習だ。
各単元、2問ずつくらいの問題が並んでいる。
比例・反比例2問ずつ、三角錐や円錐の表面積や体積を求める問題が2問…。
生徒は、2年生までずっと授業を聞いていなかったので
「なんもわかんない」という。
関数も、図形も、概念や公式など全て1から教えなければならない。
僕は「この1,2問やったところで、この単元自体は理解できないよ。まず、1年生の問題集からやらないと…」と言うが、
生徒は「でも今日これしか持ってきてないもん」という。
仕方ないので、全単元順番に解説していった。

補助線

数学の図形問題で、問題に描かれている図に補助線を引いて考える問題がある。
平行四辺形に対角線を引いて三角形にしたりすることで、問題が解ける。
この「補助線」というシステムが大嫌いだという子がいた。
僕が「この問題は、ここに補助線を引いて…」と言うと
「なんでここに線引くの?」と聞いてくる。
「ほら、こうしたらここに二等辺三角形ができるから、ここの角度がわかって…」などと説明すると、
「でも、なんで線引くの?引かずにできないの?ねぇ!」となぜか私が怒られた。
その子はとにかく補助線を引きたくないのだ。
図形に1本だけ線を加える意味がマジで分からないのだそう。
説得して補助線を引いてもらうのに、20分くらいかかった。

破られたワーク

生徒が持ってきた数学のワークの裏表紙が大きく破れていた。
友達に破られたのか?いじめられているんじゃないか?と心配になったので、
「裏表紙が半分破れて 無くなってるけど、どうしたの?」と聞くと
「昨日、犬に食べられました」と言われた。

SDGsとアジェンダ21

僕の横の机で、おばさんが中学生の生徒に社会科を教えていた。
しかし、どうやら様子がおかしい。
「本当の歴史は違う」と言って、
生徒に本当の歴史とやらを教えている。
先生の語り口が、テレビ番組「やりすぎ都市伝説」の
Mr.都市伝説 関暁夫のようだった。
本当の歴史とか、わけのわからないことを教えないでほしい。
歴史のワークを解いていて、横から訳の分からないおばさんに「本当の歴史は実は違って…」と言われたら、混乱するだけである。
最終的に、先生は「SDGsとかアジェンダ21とか、教科書に書いてあるでしょ。これはね、人口削減のための計画なんですよ」などと言い出した。
いわゆる、世間で「陰謀論」と言われるようなことを語り出してしまった。
その論が本当かどうかはさておき、
塾に来た中学生に言うべきことではないと思う。
その先生は、いつの間にか いなくなった。クビになったのかな。

たくさんの生徒を見て

普通そうに見える子でも、いろんな事情を抱えている。
こちらから話題を振るにしても、かなり慎重にならなければならない。
お母さんは~~、と話を振っても、
お母さんがいないかもしれない。
このバイトを始めたての頃、
「うちのパパ、いま女子高生と付き合ってるんだけどさ、」と平然と話し始めた子がいて
かなりの衝撃を受けたことがある。

人生、いろんなことがある。

そんな辛い体験があって、よく今まで生きてこれたな…と思うような生徒もいた。

たくさんの生徒と接して、
生徒よりも僕のほうが勉強させてもらった気がする。

勉強させてもらったし、パワーを貰った。

家庭環境が複雑な中、生きてきた子たちは強い。

辛い環境でも生き抜くエネルギーを持っている。

そして、僕よりもよっぽど人との接し方が上手だったりする。

雑談する中で、人との接し方や考え方、たくさん教わった。

僕も、生徒たちみたいに
人とうまく接することができるように、
つらいことがあっても乗り越えられるように
なっていきたいと思う。

僕は今のところ
中学・高校レベルの数学や英語しか教えられないけれど、
生徒たちのように、
生き方や考え方を
他人に教えられるような人間になりたい。

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