小説:54歳マイクエで奇跡をみた【14】呪いは解けたのだ。でもこれは甘えることのできなかった小三の僕の寂しい記憶だ。※最終回までお付き合いいただいたあなたは僕の旅の仲間です。ありがとうございました。
第1話はこちらから
54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】
シュン 主人公 54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の担任
平山先生 シュンの中学校の陸上部顧問
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間
【和解】
魂の指南役は少しくずれていく。 綿埃が風で飛ばされるように少しずつ。こんなにももろかったなんて。その一つ一つは、いまだデジタルの光を点滅させている。やがてそれらは教室中を埋め尽くしていく。そこへ大きな彗星がよぎったかと思うと、過去の記憶が暗闇の教室を照らしだす。まるで、プラネタリウムだ。天井や壁、床、窓、黒板、机...に次々と映像が写し出されていく。映像だけではなかった。当時の感覚までを感じることができるものだ。生まれた時、両親に代わる代わる抱かれた時のあたたかさ、近所で一番仲のよかった友達が引っ越し間際に「シュンくん!次絶対に遊ぼうね!」と大声でいってもらった声が耳の奥に聞こえる。楽しかった遠足はおやつの味が口の中にまでひろがってきそうだった。初めてもらったラブレターの封をあける手がふるえ、シールを汚くやぶったことはついさっきのようだ。あらゆる五感の感覚がイメージと共によみがえってくる。実は誰と変わらず幸せな日々もたくさんあった。ただ、そこに気がつくことができなかった。
「あの頃に」と僕が言葉を言いかけたとき、魂の指南役がそれを制するように言葉を発した。
「ご主人様それ以上考えてはいけません。あの頃にもどってやり直したいなどとは」
ヤツを振り替えった。消え入りそうだった。
「どうか私とお約束してください。 全ての過去の出来事があったからこそ、現在の自分がいるのだと! そして感謝してください。」
「わかってる。」僕は言葉をかみしめながら、目を閉じた。ここまで堅実な生活を送ることができたこと、何より無茶することなく命あってここまでくることができたこと、これは偶然ではない。奇跡なのだと。そして、心をこめていった。
「ありがとう。」
しかし、言い終わり目を開けたときには、魂の指南役の姿も崩れた跡も何もなかった。思い出の記憶たちもどこかへ去ってしまい、空間は最初からそこには何もなかったのように夕暮れの放課後を取り戻していた。
僕は教室の後ろのロッカーの横から図工の授業で使う画板置き場を見つけた。右の上角にドラえもんの落書きした画板を探して取り出す。そのラクガキを数分間しっかり見つめたあと、画板を強く抱きしめた。
すると、背中から懐かしい声が僕の名前を呼び掛けてきた。振り返る。
そこには、穏やかな笑顔の籠井先生がいた。
「先生のアドバイスが君を40年以上も追い詰めることになるとは思ってなかった。ごめんよ。君は誰よりもマジメでがんばる子だったから、うまくいってると思いこんでた。ごめんよ。君の良さを先生は誰よりもわかっているつもりだった。だけど、何にも分かってなかったんだな。ごめんよ。長い間、先生をやってきたのに、言い訳しかできない。」
そこで言葉が途切れた。何かに気づいたように少し目線を下げた。
「そーだよ!全部、先生が悪いんだよ!先生のバカーっ!バカーっ!絵をみせたら友達作れると言ったのに、うまくいかなかった!先生の嘘つき!嘘つき!嘘つきーーーっ!」
当時のボクが先生を弱々しい力で何度も何度も叩く。先生はひたすら「ごめんよ」を繰り返していた。
「うまくいかなかって、報告してくれたらよかったのに」
少年は世界を崩壊させる勢いで、叫んだ!また、あの強烈な重力波を感じる。だが、それは押さえつけるものではなかった。空間に解き放たれたような感覚だった。
「だったら先生がうまくいったか聞いてよ!ボクがそんなの言えるわけないじゃん!先生が言ってくれたことなのにぃ~絶対にうまくいくしかないじゃん!!先生のバカーーーっ!僕はマジメなんかじゃないよ!マジメにやるしか、なかったんだよ!先生のバカーーーーっ!何にも僕のことなんかわかってくれてないじゃん。バカーーーっ!」
少年はうずくまった。その子を横目に、現在の僕が話を引き継いだ。
「僕は感情を押し殺して生きて、マジメを演じることでしか居場所を確保できない人間になってしまいました。失敗を受け止めることができなかったからでしょう。だから誰かのせいにすることで、自分が壊れるのを防ぎたかった。でも、悪いことに、失敗を前提した挑戦ばかりするから、うまくいかない人生になってしまったんです。」
一言一言、丁寧にここまで伝えた。先生はただ頷くだけだ。
「だ、、だけど、先生ごめんなさい。先生の責任にして、、、」
大粒の涙が降り始めた雨のように床を跡を残していく。僕はこの旅でどれだけ泣いたことだろう。でも、今が最高かもしれない。大量の涙で何もかもどこかへ流してしまいたかった。
「よりによって、大好きな先生を呪うだなんて、許してください!」
謝罪の言葉を伝え終わると、自分が怯えるように震えているのを感じた。急に懐かしい整髪料の匂いを近くに感じた。さらに腕や背中に暖かさが伝わってきた。先生が抱き締めてくれているのだろう。とても満ち足りた気持ち、どう表現したら伝えられるのかというほどの幸福感だった。
「先生、ありがとう。」
呪いは解けた。でもこれは甘えることのできなかった小三の僕の寂しい記憶だ。
翌日、仕事を抜け出して、ゴールデン・スパイラルの営業時間開始ともに神林さんに連絡した。神林さんは全てを聞き終えるまで、ただうんうんと答えるだけだったが、話が終ると、電話の向こうで隠すことなく「無事でよかった無事でよかった」とひたすらに繰り返すだけだ。すすり泣いているのもよくわかった。呪いがどうのより、僕からの連絡がありホッとしたというのだった。僕は彼からの連絡を無視しまくっていたことをただただ謝り続けた。
連絡した本当の目的は籠井先生の姿を見たかったからだ。教室の中では正直、先生の顔を直視できなかった。しかしサーバに残った映像は酷いノイズがほとんどで、解析できないそうだ。そういえば、魂の指南役も言ってた。過去があるから今の自分がいる。感謝するだけでいいと。
映像といえば、さらに翌日こんなことがあった。そもそもの話に戻るのだが、ゴールデン・スパイラルの「ドリーム・スクラップ」講座に参加したのは、将来のことを危惧してのことだ。呪いを解くのが目的ではなかった。だから、CDGをつけてオズウェイに降り立つのは当たり前だ。燃え尽き症候群になりかけただったことは、否定しないが。
グランド・メッセージに僕宛のビデオ通話があった。アンリさんだ。
「シュンさん。笑わないで聞いて欲しいんだけど。」
やけに神妙な様子だ。僕はただ頷く。
「私さぁ、夢というかなんていうか元旦那に殺されかける場面に出くわしたの。元旦那からDV受けてた話はしたよね。」
夢にしろなんにしろ恐ろしいゾッとする状況だ。
「でね。元旦那が言ってくるの、お前はカウンセラー向いてないとか、生きてる値打ちあると思ってんのか?とか。そのうち、言われてることがそのとおりだって気がして、昔の私にもどって泣き出しちゃってさ。もういいや、、、となったんだよね。そしたらね。」
ホントに笑わないでねと、再度念押ししてくる。
「突然シュンさんが現れて、旦那をぶっ飛ばしたのよ。それで、私に言うの!そいつは自分が作った幻想だから戦え!って」
あれ? 戦え?どこかで聞いたような話だ。
「だからね!アタシも『バカヤロー』『出ていけ!』とか叫んだり、モノを投げたり必死で反撃したの。ぶったまげたドラマだよね。もう意味わかんなくて。眠っている間じゃなかったのよね~その時。アタシ、なんか変になっちゃったかな?」
僕は返答に迷った。自分のこれまでの話をしたい衝動に駆られた。しかし、落ち着きはらった声で、それらしく答えた。
『僕ら仲間ですよ。夢だろうどこであろうと助けに行きますよ!』
ヘンテコな返事に面を喰らったアンリさんに対して、僕は勇者のような誇らしい笑顔を見せた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
時は江戸時代中期。とある銀山採掘場。
「何ぃ?!牛泥棒だ?」一斉に悪党一味の大笑いが拡がる。その近くでシズの兄が罰が悪そうに立っている。(助かりたいがゆえに片次の計画を売ったのだ)
ザワザワする村人たち「こそ泥だったのか?わしらを使って、銀をかすめとるつもりだったのか?」
片次は茫然とした表情。(一番聞きたくない言葉を言われているから)下から心配する様子のもやい様。
立ち上がり訴えるシズ。「お兄ちゃん!なんでこんなこと!片次様は命がけでここまでやってくれた仲間じゃない。それを…。ねぇ片次様、片次様!」
片次の握られた拳のアップ。ぶるぶると震える。
片次「仲間。オレはずっと一人ぼっちだった。それにこそ泥?俺は何を気にしてたんだ。」
親分「お前ら。まぬけか?恥の上塗りになる前にやれ」
子分「悪く思うなよ。牛泥棒」と刀をぬき、切りにかかる。
片次「自信とは自分を信じるだけじゃない。信じぬくことだ。もやいよ。シズちゃんら仲間を頼むぜ」
眼帯の前で腕を交差させる。(全身からうっすらオーラのようなものが出ている)
子分らの刃先が目の前まで迫る。眼帯をはずした片次が叫ぶ。
「大悪党片次から冥途の土産だ。くらえ!左眼閃!」
雲がゆっくり流れる空の下、街道をもやい様を乗せた牛をひっぱり連れて歩く片次。
もやい様『いやぁ大、大、大悪党でしたね。片次さん。』無言の片次。
もやい様『私、片次様のお嫁さんになるぅとまで言ってくれたシズちゃんを捨てて、村を離れるなんて、ホントに大悪党!かわいい娘だったのに~』
回想シーン。村人全員からシズが反対をくらう。
片次はムッとした表情をもやいに向ける。御守り袋に目がとまる。
片次『もやい、その御守り袋に何が入ってんだ?』
あきらかに動揺するもやい。
もやい様『こ、これはお供えものです。』
片次『怪しいなぁ見せてみろ!』
袋に入っていたのは、精製された銀。
回想シーン。村人たちが欲を見せたことが強制労働につながったからと、銀には手をつけず忘れようと決意。
思い出して、怒りに震える片次。
もやい様『あ~あ片次さん、見ちゃった。これで共犯。こそ泥に転落ですな~こそ泥仲間~おほほほ。』
『俺はこそ泥じゃねぇ!』
大空に片次の怒号が響きわたる・・・と、よしよし。ラストのカットはお約束いいだろう。ふぅぅうと息を吐き、鉛筆を置いた。最後のコマを描き終えたのだ。コツコツ進めてようやく下書き完成だ。一通り読み返そうと最初のページを取り出してみた。キレイにペン入れまでしていたが、1ページ目は長い年月の時を経て、すっかり色あせ、多少黄ばみがかっていた。それはまだよかった。問題は絵柄が今と大きく変わっていることだ。できる限り当初のメモを元に似せて描いたつもりだったが、なんといっても主役の片次からして明らかに別人の感がある。もやい様のサイズも一体どうしたことだ。ページをめくるたびに違和感だらけだ。そうなのだ。30年前、社会人二年目の仕事のストレスでに描き始めたのだ。誰に見せるでもなく始まった話。さすがに30年だ。ギャップを無視して、ペン入れして完成させていくには無理がある。うーん、どうしたものか。
「ダメだ。」僕はそっと、原稿用紙を引き出しにもどす。ここで今日の作業は終わるが、これまでとは違う。オズウェイでの旅に片次も加わってもらうことにしたのだ。彼の冒険譚を誰かに読んでもらうことを夢にしたからだ。子供っぽすぎる夢だが、40年前、30年前の自分が照れ臭そうに笑っている顔が浮かぶ。嘘をつき続けた自分に向き合って正直に生きていくしたから、自然にうまくいく未来に進んでいくことだろう。それにまだセミナーの後半もあるから、ワークをすすめて新しい自分に変わる可能性もまだまだあるはず。僕はCDGを手にした。
人生はやり直せる、人は変われる。
《おしまい》
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