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小説:54歳マイクエで奇跡をみた【4】ツラい経験や自分を責めたことはないですか?

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54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】

シュン 主人公  54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の恩師(担任)
平山先生 シュンの中学校の恩師(陸上部顧問)
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間

【記憶】

「混乱おめでとう。びっくりしました。」
とスマホに連絡してきたのは、ゴールデン・スパイラルの事務局の神林さんだ。彼はCDGの開発スタッフだ。サーバに送信された僕の映像をみて、連絡をくれたのだという。サーバに送信されたデータ(脳内妄想ということだろう)の映像がクリアでないにしろ戦闘があったことは伝わったらしい。まだ数百人くらいのデータしか見たことないが、具体的なものは初めてだという。
また、おめでとうというのは、映像のことではなく、心身で葛藤が起きているからセミナー的には、よい前兆だというのだ。
「一体、どのワークをされてたんですか?」
神林さんの声は明らかに興奮している。そりゃそうだろ。脳内の妄想バトルが映像化されるなんて、他人からみたら面白いシチュエーションに決まっている。僕だって漫画にしたいくらいだ。しかし、僕はその興奮には応えられない。自分の抱く不安が具体化してエネルギーヴァンパイアというモンスターを作り出し、それに殺されかけたのだ。しかも千川部長との思い出で敵をやっつけただなんて、ヘンテコすぎる。僕は自分を変えたいといいながら、世間からおかしいと思われるのをよしとしないのだ。だから、かぶりをふった。
「さ、さあ、なんでしょう。映画見た後だったから。」
少しの間があって、神林さんはいった。
「そうでしたか。セミナー含めて初めて尽くしのことが多いでしょうから、疲れが色濃く出たのかもしれませんね。また連絡します。落ち着いたらお話しましょう。」
こちらは返事を濁した。

だが後日、Zoomで話をすることになった。事務局から神林さんに許可がおり、僕へのインタビューという形がとられたのだ。で、僕は受けることにした。情けないことに謝礼のデジタル商品券3,000円に釣られてしまったのだ。インタビューだったが、まず神林さんの自己紹介からはじまった。彼は元々、大手医療メーカーで機器開発を担当していた。海外出張も多かったのだという。人と積極的に関わることが好きで、自己肯定感は高く、やりたいことをできる人生に生き甲斐を感じてきたそうだ。
「うらやましいなぁ」
つい本音がこぼれてしまった。
「そうですね。この世に神様なるものがいて、過去に戻れるというなら、あの頃に帰りたいです。」
なんか意味ありげな言い方だ。現在に不満があるのだろうか?待遇のことポストのことお金のこと、成功しても望みは尽きないのだろう。尋ねかえそうとすると、神林さんはドラマのナレーターのような口振りでいった。
「自他ともに認める私の順分満帆な人生は突然終わりを告げたんです。10年前に最愛のパートナーがなくなりまして。」
猛暑続きのある日、パートナーが脳梗塞をおこして倒れたというのだ。実家の両親の元へ遊びに行っていて、すぐ搬送され緊急で応対してくれたのだが、意識が回復することなく、三週間後に亡くなったという。
「当時、ホントに自分を責めましたね。出会ってから、ほとんどケンカをしたことなかったし、互いによく理解しあっていたんです。」
そこで言葉が途切れた。ふううっと深く息を吐く音が聞こえた。
「それなのに、それなのに、全く兆候や異変に気づくことができなかったんです。何より医療に携わる人間だったのに。自分の人生と人格を全て真っ向から否定された気分でした。」
こういう場合、どんな顔をすればいいんだろう。なんと相づちを打てばいいんだろう。50年も生きてきても分からないことだらけで、自分の振る舞いばかり考えている。
神林さんはそれ以降、自分も仕事も何もかもを信じられなくなり、次第に引きこもるようになっていった。両親らの懸命なる支えによって、数年かかって外の世界をフラットに見られるようになったのだという。
パートナーともう一度だけ話をしたい、そのための機器を作ると決意。海外の仲間の援助もあり、CDGの開発にこぎつけたというのだ。
まだ、ゲーム機の延長でしかないが、知人を通じて知り合ったゴールデン・スパイラルの主催者と意気投合し、試験導入に至ったのだという。
そして、僕の話にたどりついたのだ。脳内イメージを具現化し、それをスクリーンに投影させる。

彼はまだ彼女を具現化できないでいるらしい。ここまで聞くうちに、聞かれてもないのに、これまでのこと、オズウェイという設定のことを話した。神林さんと比べたら、取るに足らない悩みだし話だろう。でも、役に立てるならと、そんな思いでいっぱいだった。他人のためか。妄想だったとはいえ、「他人のために」の生き方は前回クトーの件で懲りたはずなのに。
時に真剣に、時に大笑いしながら、聞き取り調査はすすめられていった。これがCDGの製品化に直結したら、僕は相当の功績者になるのだろうが、その喜びを分かち合う未来を少しも描けなかった。 殺されかけたのだから。その事実をどうしてもぬぐえなかった。原因を解明してほしかった。
画面の向こうで神林さんはメガネをずっと触っている。
「他の被験者とあまり変わった点は、見あたらないですね。」
僕が唯一他の参加者と違うところを考えていってみた。
「マンガを描いてるとか。」
「なるほど。でも違いますね。DCGの初期設定のパターンをデザインしてくれたグラフィック担当者にも試着してもらってますからね。トイ・ストーリーでご存じのピクサーでも活躍している人です。」
「ピ、、ピクサー、、、」
撤回できない自分の発言を死ぬほど悔やんだ。恥ずかしさをごまかすため、マグカップを高くもちあげ、水をがぶ飲みしたフリをした。
「いや・・・」神林さんが何かを言いかけようとする。
「答えにくかったら、答えなくていいんですが、私と同じように過去にツライ経験をしたり、自傷しかけたことはないですか?激しく自分を責めたりしたとか。」
ほんの一瞬、一瞬にも満たない時間だったかもしれないが、意識の一番深い奥底で何かが反応した質問だった。しかし、特に具体的には浮かばなかった。
「自慢じゃないけど、ネガティブだけかな。ピ、ピクサーと聞いて、無関係なのに比べて卑屈になるくらいですから。それ以上は浮かばないです。」
「そうですか。 」
「過去への執着とかどうですか?過去の職場の部長さんの話は、とても具体的でしたし。」
誰だって執着くらいはあるのではないだろうか。
「開発とは関係ない考えかもしれないんですが、私の独り言として聞きながしてください。」
そう前置きしていった。
「私は今幸せなんです。生き甲斐や仲間に恵まれた環境で過ごせています。でも、ふと思うんです。10年以上前、本当に私は幸せだったんでしょうか?思いだせないくらいだから、大したことなかったんじゃないのかな?と思うことさえあります。あの人との時間はかけがえのないものでした。大好きだった。大好きだったのに。幸せだったはずなのに。もう、ぼんやりとしか思い出せないのです。」
僕はノートPCのカメラからそらした。口のなかが酸っぱく感じた。
しばしの沈黙。ふいに我に変えった。
「ちょっと待ってください。ということは、僕は無意識かどこで何かに執着してるってことでしょうか?それが敵を作り、今後も作ってしまうとか?」
僕は真剣な思いで、尋ねた。
「どうでしょうか。またチームで話しあってみます。しばらく様子をみることにしましょう。」
とサラリと神林さんが言う。また、普段のゴールデン・スパイラルの神林さんに戻っていた。その時、僕は納得していない表情をしていたのだろう。神林さんをそれを振り払うように言った。
「大丈夫!私たちがついてるし、シュンさんなら、きっと全てを乗り越えて、夢や目標が見つかりますよ。それと、デジタル商品券は一週間ほどしてメールでご案内しますね。」
最後は事務的な感じで、インタビューはおわった。僕は診察室を追い出されて、時間のかかる会計にうんざりするような感じで、背中を椅子に預けた。

《つづく》

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