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小説:54歳マイクエで奇跡をみた【5】私達はあなたを理解しても否定しない。だから自信を持てとも言わない!

第1話はこちらから

54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】

シュン 主人公  54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の恩師(担任)
平山先生 シュンの中学校の恩師(陸上部顧問)
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間

【入口】

「過去にツライ経験したり、自傷しかけたようなことはありませんか? 激しく自分を責めたりとか」
先日の神林さんの言葉だ。ずーっと心に引っかかっている。繰り返すようだが、何をやってもうまくいかないから、セミナーに参加したのだ。それを僕は呪いといっているが、だからといって、自傷だとかはない。そりゃツライことはたくさんあった。仲間外れにされたり、大失恋でこの世から消え去りたいと思ったり、仕事で怒鳴られクソぼろに言われたり。40歳で退職したとき、もう人生終わりだと本気で思ったりもした。しかし、どれも心への引っかかり方が違う。なんでだろう?

今日は「プレゼンテーションの練習」ワークの日だ 。仲間とオンラインでプレゼンするワークだ。内容は、自分はどんな夢を持っていて、その夢を理由はこうだといった具合に言葉にすることだ。夢を叶えた多くの先人たちは、なんとなく頑張ったとかではなく、キチンと言語化できているのだ。具体的に言葉にすることで、「夢をかなえられる」自分になれるのだ。
僕は他人とビジネストークでその場をやりすごす (すでにネガティブ)のは、得意だが、昔から自分をさらけ出すようなことは本当に苦手だ。はああ。
しかも、練習の相手が第一印象から苦手な人だ。ホリちゃんだ。

ホリちゃんは、グランドメッセージに大地や宇宙のエネルギーがどうだこうだで、チャクラがなんとかかんとかで、隙あればコメントしてくる。それは、もちろん普通に読めば、人生や日々の生活でプラスになることが書かれており有益なものだ。しかし、生物に必要な酸素と一緒で、摂取しすぎると毒にもなるのだ。混乱している今の僕にとってよい情報は胃もたれを起こすだけだ。個人の思いなので、ホリちゃんには理解してほしいが言えるはずもない。すでに、そんな状態だから、苦手意識も大変なものだ。愚図愚図してるうちに、時間がきてしまった。
「こ、、、 こんにちは、 ホリちゃん。 シュンです。」
「こんにちは。シュンくん。」
「ええっと、、、」
どうした?いつものビジネストークは?
「シュンくんは私のことが苦手でしょ?嫌いとまではいかないか?うっとおしいのは間違いないか。でも、それは私に向けてだけじゃない。対人関係に恐怖を抱いているよね?」
のっけから、切り込んでくる。まるで、先日のエネルギー・ヴァンパイアと対峙しているような気分だ。いつものビジネストークでプレゼンの練習に話を持っていかなくては。
「…」
が、メッセージのやり取りなら交わしようがあるが、対面だと困る。
「図星かな〜?」
「…」
おそらく表情にはありありと出ていることだろう。もし彼女がカウンセラーだというなら、速攻でこんな場からは退出したいところだ。
「私のことはホリちゃんでなく、ホリアーティと呼んで。」
意表をつく提案に思わず、オウム返しで言葉がでた。
「ホリアーティ?」
「私はシャーロック・ホームズシリーズが好き。モリアーテイ教授からとって、ホリアーティ。」
「シュンくんも、ミステリの古典好きなんでしょ? アガサ・クリスティーとか」
「な、、、何で知ってるの?」驚きの声がもれてしまう。
「自分のSNSで発信してるじゃない。ベネチアの亡霊(アガサ・クリスティー原作「ハロウィンパーティー」の映画)のこと熱く語ってたでしょ? 今日という日の前にちゃんとSNSを読みつくしたよ。で、なんか気が合うなって。」
合わない!合わない! 合わしてくれなくていい。
「確かにアガサのファンはそうだ。 でも対人関係のことは・・・たぶん、発信してない。 ホリアーティ。」
合わせたくないのに、合わせてしまった自分がいる。
「私のSNSを見て知ってるだろうから、自己紹介不要だろうけど、占い師やってる。これまで2000人は見てきたかな〜。なんかわかるのよね。シュンくんの抱えてるものが。」
相手に飲まれそうだ。
「ごめん、、、 僕はホリアーティのSNSはまだ未チェックで...」
と彼女に関心がないことを遠回しに伝えるつもりでそう答えた。しかし、これは間違いだった。ここから彼女の半生をしっかと聞かされる羽目になってしまったのだ。

ホリちゃんがホリアーティになる前。関西のお嬢様学校へ行くような家庭に育ったらしい。 夢は気立ての良い素敵なお嫁さんになること。クラスメイトが好きな占いには全く興味がなかったそうだ。ある時を境に壮絶なイジメを受けて、親も先生も助けてくれず、家出したというのだ。それから身をボロボロにしながら世間や社会を恨すみ、ホリアーティが誕生したという。モリアーテイ教授というより、ホアキンフェニックス版 「ジョーカー」じゃないか。ともあれゴールデン・スパイラルの他のセミナーにたどりつき、自分を奇跡的に取り戻せたというのだ。それから身をボロボロにしていた時代、街角で座り込んでた隣に店を構えていた占い師から教わっていたことが自分の天命だと気づいき、開業したそうだ。
絶句した。

人生が思い通りに行かないのは呪いのせいだなんて言ってる自分は、かわいいものじゃないか。僕が彼女だったらどの時点で崩壊していただろう。
「凹んじゃった? それとも自分をせめた?」
「えっ?」
「だって、私の話を聞いて、自分と比べちゃったよね?間違いなく」
「まぁ、、、だって、あまりに壮絶で...」
「壮絶なのはかつての私。あなたじゃない。」
ホリアーティの言葉は僕という存在を拒否したように聞こえた。そういえば、態度もよそよそしくなった気がする。さっきから落ち着きがなくっている。気のせいだろか?
「突き放した言い方に聞こえたかもね」
なんだか全て見通されている気がして、困惑する。
「・・・」
相槌もできているかどうか不安だった。
「シュンくんは、自己肯定感が低いという呪いがかかっていて。それを解きたいと、グランドメッセージの自己紹介欄には記載してたよね。自己肯定感が低い人って、気がつくと他人の目を気にしてる。そして、人と比べて『自分は劣っている』と思ってしまうから、人の目や評価が気になって本来の自分をさらけ出すことが苦手、怖いん・・・」

「もう!」
とホリアーティからホリちゃんに戻ったような言葉が飛び出した。まるで、ジキルとハイドだ。
「ご、、、ごめんね。 シュンくん!もう、お客さんからの電話だ。この時間は予約入れないようにしてたのに~そのままで待ってて。」
「いいよ。それ優先して」
僕は仕事をするようすすめたが、それをいい終える前に席を立たれてしまった。のんびり待つか。こっちのやり取りは急ぎではないのだから。

彼女がうらやましかった。仕事だってさ。自分で見つけた天命の仕事だ。もちろん、僕も会社勤めだから仕事はある。でも、受け身の仕事だ。与えられたものを間違えずに処理する。付加価値をどうつけていくか? やりがいはないことはないが、お金という対価を安定的に得たいから、拘束されることを許しているだだ。歯車という表現は実に的を射ていると思う。だが、今の職場で義務をはたしてもそんなに長くはいられない。そもそも過去を振り返ると、いい退職をしてないことばかりだ。仮に無事に定年を迎えたとして、今度こそお払い箱だ。いずれにしても、古くなった部品の人生とはそんなものだ。
ふと、手元のスマホが着信を示すランプが点灯していることに気づいた。職場からだ! 一気に緊張感が身体中を駆け抜ける。何の用事だ?時間は 21:05 過ぎ。まだ残業している人はいたのか?。
「もしもし」
「中山です。」
元受け会社の室長の中山さんだった。
「夜間に申し訳ないけど、会社まで来てもらえないだろうか? 今日の処理分で判断迷ったのとか、なかった?」
判断に迷い?確かにチェックする仕事だから、不明なところは確認しているつもりだ。
「どう?」
「い・・・いえ、そういわれると|
心当たりはなかったが、そういわれると、不安になる。ここしばらくは、オズウェイでの出来事や気持ちの変化でテキトーにやり過ごしていたところがあったのかもしれない。
「みんな怒ってるよ!」
「えっ?」
そこまでのミスはないはずだ。一体、僕は何をやらかしてしまったんだ。
「なんか前の職場の時では、課長さんのご機嫌損ねて、仕事を干されたうえで、クビにされたんでしょ?」
室長の驚くべき発言だった。大量の汗が体中から吹き出る。
「なんで、そのことを?!」
それは事実だった。デザイン会社が倒産危機となり、僕はそこを辞めざるをえなくなった。ようやく馴染んできたデザインの仕事。それを続けたくて、アルバイトに飛びついたのだ。 しかし、アルバイト先の課長が僕の仕事の何かが気にくわなくて、引き合いに僕のブログの漫画の話をしてきた。だから仕事とプライベートの話は混ぜないでほしい!ときっぱり言い切ったのだ。すると、広告を出すタイミングもなかったのだと思うが、広告デザインの仕事からはずれ、データ入力をすることになり、それが数か月続いた。そして、「ごめんね。わかるでしょ?」とクビをやんわりと切り出された。
室長が続ける。
「理由はあったんだろうけど、上司に口答えはよくないよ。 あなたも上司のような年齢だからわかるでしょ? それにあなたの机の中から、仕事辞めたいな~というメモを見つかって、それでみんな大騒ぎ。」
「早くこっちへ来て、説明してくれるかな・・・ 事態を収拾したいんですよ。」
上司に口答え?それは違う! 仕事の何かが気にくわないなら、ただ、それを示してくれたらいい。それなのに、趣味の漫画のことを引き合いに出してきたから、反応してしまったのだ。 少しでも自分を理解してもらうにはよいかと、アルバイト始める時点でブログのことを話したのだけなのだ。
話を戻そう。「辞めたい~」のメモは書いた記憶はないが、そう思う日も多いから否定できない。ともかく、事情が呑み込めないが、再び、会社から否定されている。辞めざるをえない状況に外堀を埋められている。仕方ない。その繰り返しだ。着替えようとするが、ホリちゃんのことを思いだす。どう連絡したらいい。誤解のままだと、こっちでの仲間を失うかもしれない。他人のようにうまくは生きられない。だから旅に出たのだ。
息がだんだん苦しくなる。 ただ時間がどんどん進んでいき、気持ちは沈んでいく。
「そこまで!」
目の前にホリちゃんいや、重そうなコートに身を包んだホリアーティがいる。なぜ?
「何かのトリガーで、自分はダメだと思ってしまうようね」
その一言で、事情がはっきりしてきた。 また、心の不安が 「敵」 を生み出していたのだ。まだCDGをかけていたことを思い出した。そうだ、ここは自分のイメージの世界オズウェイ。
「大丈夫!私たち仲間はあなたを理解しても、否定しない。あなたはあなた。だから自信を持てとも言わない!」
「戦って!」
携帯だと手にしていたのは、トゲトゲした化け物だった。複数存在していて、体中を攻撃されていた。
「戦う。いまこの瞬間、ホリちゃんはじめ僕を受け入れてくれる仲間がいる。」と心を静めた。カーペットからその模様をそのまま模したような鮮やかな炎のような渦巻が出現し、やがて僕の全身をつつみこんだ。化け物たちはたちまちに焼き尽くされ、消滅していく。過去のバイト先の苦い記憶や職場での問題という妄想も渦の中で、その一瞬、一瞬が紙くずのようにちぎれては、燃えていく。燃えカスはさらにチリジリになり、さらに見えなくなるまで刻まれていく。

グッタリしたタイミングで、ホリちゃんから呼び出しがある。
「本日、店じまい。占い師ってね、超神秘的な力を持ってるイメージを持たれがちだけど、実際は普通の人と変わらない。ただ、お客様の話をしっかり聞いて、心に寄り添うだけ。」
例えばとホリちゃんはつづけた。いつも周りからの視線を気にし過ぎる僕のような人は対人恐怖気味の傾向であることが多いらしい。不安を取り払おうとするほどかえって不安が増幅されて、本人としては辛い状態に陥ってしまうんだそうだ。ホリちゃんは占い師という別次元の顔を見せて、相手に接するのだが、まずその人の存在全てを肯定して、不安な思いを安心に変えるらしい。そして占いの結果を伝えると、その人は結果を前向きに解釈できるようというのだ。
「シュンくんに話をもどすけど、いじめを受けた経験はないんでしょ?」
と彼女は言った。
「まぁ運動神経が鈍かったから、仲間はずれになりがちだったね。卒業してからも。相手に拒否されるのが怖いから、積極的に一人になろうとしているところはある。」と答えた。
彼女は深く考えた。

「そう行動している原因が呪いってことなんでしょ?」

そして付け加えた。
「他人と深く付き合うと、心に傷を負うようなことをされるんじゃないかって、恐怖心から積極的に人の輪に入っていけない。だから人間関係を作りづらくなるってことがあるんだよね。これは私の経験。」
ホリちゃんから、ホリアーティに顔が変わった。
「シュンくん。嫌な気持ちを深堀りしてみたらどう?講師が話してくれてたじゃない。」
今夜一番の目力をCDGの向こうから感じる。少しどきどきしてきた。
「でも今日はごめん。遅いよね。深堀りも、それどころかプレゼン練習も次回以降ってことね。」
先を見たかったような気もするが、これで終わりがいい。何より収穫があったのだ。あれほど苦手だったホリアーティがとても身近に感じられる。否定されない人間関係、ずっと求めていたとのだ。
「自分を深堀りしてみるか。でも、強烈な出来事なら忘れるわけがないよな。」
マグカップを手にした。たっぷりとコーヒーを淹れていたことをすっかり忘れていた。そうか、忘れるわけがないということも実のところ怪しいのだ。顕在意識では気づけなかったが、深堀というアイデアが鍵となり、心の奥底で封印していた恐ろしい扉が開き、僕はその入口に立ってしまったのだ。

《つづく》

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