ペットを飼うことについてと介護の話

ペットを飼うというのは、義務と責任が発生します。
出来る限り一緒に居て面倒を見て構って、思い出を作ることが大切です。
そして、最期まで大事に寄り添ってあげましょう。
それは、美しいものでもなく大変な苦労を伴うということも忘れてはいけません

私は15年程人生を共にした愛犬と、3年前の夏にお別れをしました。
その1年前に一度寝たきりになりました。
今回はその時のお話です。

今から4年前の夏の日、愛犬が立ち上がれなくなって2時間経過しても回復せず、息も荒いままでグッタリしていました。
仕事に出かける前の家族は、
「もう寿命だろうしねぇ…」
と、お金を惜しむ発言をして病院に連れていくのに否定的で、しばらくして家を出ました。
現在もですが、私は難病の治療をしていてあまり不用意に外に出歩けませんでした。
都市部で夏休みシーズンということもあってか、タクシーは電話しても全然繋がらない上、繋がっても1時間待ち…
病院の営業時間的にも、愛犬の病状的にも早く向かわなければなりません。
意を決して、あまり体に力を入らない8kgの愛犬を持ち上げて病院に向かいました。
グッタリしていつもの抱っこする姿勢で私に寄りかかれない愛犬は、やたらと重く感じました。
マップ上では15分ですが、私の悪化の一途の
体に愛犬の重さでは人並みの足ではいきませんでした。

吐き気と汗と不快感と、不安になりながらも動物病院にたどり着き、受付を済ませて待つことに。
完全に体に力が入らなくなっていた愛犬を重く見てくれたからか、優先的に診察してもらえることになりました。
歯茎が血の気を感じられない、以前のピンク色が失われていることを確認し、採血して結果が出るまで酸素室で休ませることになりました。
5分…?わかりませんが、診察室から呼ばれて向かうと、遠心分離機にかけられた血液を見せられました。
液体は血漿、沈殿物は赤血球等とのことです。
健康体のサンプルだと、血液全体と沈殿物で半々でしたが、愛犬のものは沈殿物が1/8くらいしかありませんでした。
赤血球の数値、ヘマトクリット値が8%で瀕死でした。
預かって酸素室で看病して翌日に返すことはできる、ただ、その前に亡くなるかもしれない。
今際の際に家族と離ればなれのまま、虹の橋を渡るのはとても不憫だ、最期はそばに居てあげたい。
その思いで連れて帰ることにしました。
レンタルの酸素室の資料と、水を与える為に使うシリンジだけを貰い、抱き抱えて帰宅しました。
帰路の記憶はありません、急ぐことだけを考えていたのでしょう。

帰宅後に急いでベッドにシートを敷いた上に愛犬を寝かせたら、誤嚥しないようにゆっくりシリンジで水を飲ませてから、営業時間外になる前に酸素室をレンタルできる業者に連絡しました。
動けない状態で介護が必要なので、走ってチュールや缶のウェットフード、オムツを急いで買ってきました。
自分でも病人とは思えない無理をよくできたと今では思っています。
愛犬の為ならやれるものですね。
必要な水の量、食事量、全て私が能動的に口に運んで与えなければならなかったので、調べて計算して計画を立てて行いました。
私の体を使って愛犬の体を起こさせて、愛犬の舌の上に水や食べ物を運ぶのは、思ったよりも体力が必要でした。
口内に入れる際、体に力の入らない愛犬では嚥下できる量は思ったよりも少なかったので、ゆっくりシリンジを押して少しずつ水を与えなければなりませんでした。
家族が帰宅し、いつ虹の橋に渡るかわからない状態であると伝え、私はリビングに布団を敷いて愛犬のすぐ側で最期まで介護することにしました。
非常に無理をした結果、体調の悪さと眠気が酷く寝ずの番は無理として寝ましたが、夜中でも鳴くのでその度に世話をして、断続的な睡眠となりました。
家族は愛犬を完全に見放していたからか、助力を求めても断られ、面倒は一切見ませんでした。

翌日、昼前にレンタルの酸素室が届きました。
急いで組み立て、整えてから愛犬をそこに寝かせました。
赤血球が異常に少なく、呼吸機能が大変な状態だったので、酸素濃度の高い酸素室内ならせめて苦しさは軽減されるだろうと考えていました。
嚥下したのを確認したら、また口の中に入れる、食事を与える時はその繰り返しで、時間もいつもの食事の何倍も時間がかかりました。
誤嚥しないよう、とても神経を使いました。
愛犬はとてもさみしがり屋になりました。
鳴くのでオムツを確認しても何もなく、しばらく撫でるとおとなしくなる。
それが何度もありました。
寝たきりではあるものの、食べたものをもどすこともなく、排泄もできてはいるということで、鳴いていない時は出来るだけ体を休めるべく眠ることにしました。
それでも断続的な睡眠で計5時間といった具合でした。
1週間後くらいにトリミングの予約を入れていたことを思い出し、キャンセルの連絡を入れたこともありました。
鳴いているのに気付かずに疲れて寝ていると、家族に怒鳴られて急いで起きて面倒を見る、その繰り返しでした。

酸素室に入れて3日後、立ち上がれないものの体を起こせるようになり、計1週間で歩けるようになりました!
朝起きて、酸素室を開けると当然のように歩き回り、もう、いっぱいいっぱいでした。
食事を口に運ぶのと、オムツを処理しなくてよくなり、肩の荷がおりました。
歩けるようになった翌日には、酸素室の返却の手続きをして、病院で愛犬を診てもらいました。
先生には死んだものかと思ったと言われました。私もここまで回復するとは思っていませんでしたからね…
様々な数値が悪いのは仕方ないとして、ヘマトクリットが30%まで回復し、遠心分離機にかけた血液の沈殿物が3倍近く増えているのも確認しました。
一応の炎症止めの薬だけを貰って帰宅しました。
行きは鬱憤を晴らすようにはしゃいで歩いていましたが、疲れたからか帰りは帰路の半分程で抱っこしました。
あの日に抱き抱えた時よりも軽く感じました。
帰宅ししばらくして、家族が帰ってきてまだ長生きしそうと報告すると、家族は愛犬の面倒を見始めました。
正直言ってあの掌返しには殺意が湧きましたが、疲労がそれどころではなかったので、後の面倒は任せて寝ることにしました。
半日ほど寝ました。
疲れていましたからね…

次の日、起きて愛犬のトリミングの予約を入れ、日常に戻りました。
亡くなる2ヶ月前までは、少しずつ体調が悪くなりながらも歩けていました。

これで、今回の話は終わりです。
ペットを飼うことの大変さを少しでも理解していただけたら幸いです。
第二の寝たきり介護と葬儀の話は、またの機会があれば。

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