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趣味のデータ分析033_ゆとりある暮らしのために⑥_使うこと、使えることと、暮らしのゆとり

いろいろあって大分間が空いてしまった。そもそも023032では、家計のゆとり感は黒字率という、どう見てもこれだろ、という指標よりも、失業率という、「それってあなたの家計とそこまで関係ある?」という指標のほうが決定要因として大きいということが判明した。
ただこの黒字率は結構興味深い指標であることは間違いないので、今回はその謎について確認しておきたい。なお、以降の分析はすべて二人以上勤労世帯のデータである(一部データは農林漁業を除く)。

黒字率の推移と分解

黒字率の推移は022でも確認したが、もう一度見ておこう。まず年齢別。

図1:年齢別家計黒字率(出所:家計調査)

次に所得階層別。

図2:年収五分位別家計黒字率(出所:家計調査)

いずれの階層でも、1985年から2000年頃まで微増していき、そこから横ばい~微減しつつ、2015年頃から再び増加している。60歳以上の階層で2000年代中盤で急減したり色々不思議な動きをしているのだが、そのへんの階層別分析は一旦置いておいて、まずは平均黒字率の動きを追ってみよう。黒字率は下記のように定義される。

$$
黒字率 = \dfrac{実収入 - 実消費}{可処分所得} = \dfrac{可処分所得 - 消費支出}{可処分所得} = \dfrac{黒字}{可処分所得}
$$

定義上、黒字率は可処分所得(分母)の減少でも増加する。ので、分子の黒字が増えたから黒字率が上昇したのか、可処分所得が減ってみんな節約するようになったから黒字率が上昇したのか、という点を最初に確認しておきたい。ここで、黒字率の対数変化率を取ると、

$$
ln\Big(\dfrac{黒字率_{t+1}}{黒字率_{t}}\Big) = ln\Big(\dfrac{黒字_{t+1}}{黒字_{t}}\Big) - ln\Big(\dfrac{可処分所得_{t+1}}{可処分所得_{t}}\Big)
$$

と加法に分解できる。ただ、黒字の方には消費支出の項もあって、これは加法的に分離できない。以下のグラフでは、黒字率の変化率は黒字の変化率の加法と可処分所得(負数)の和になっているが、消費支出の変化率は、黒字率変化の寄与度変化的な部分には、直接には出て来ない点は要注意。わかりにくいかな。

図3:黒字率、黒字額、可処分所得、支出消費の対数変化率推移(出所:家計調査)

さて、可処分所得が負数(増えるとマイナスに立つ)ことに留意して、それぞれの対数変化率を見てみると、まず黒字率の上昇は2015年以降が顕著だが、2015年と2016年は、可処分所得の上昇(緑部分、負数)はわずかで、その時点の黒字率の上昇は、消費支出の削減=節約による黒字額の増加が奏功した可能性が窺われる。しかし2017年以降から、バブル期以来の可処分所得の上昇(グラフ上はマイナス)が発生し、大幅に黒字変化率がプラスに推移し、結果黒字率も高水準で推移していることが分かる。
一方で、2015年以降の黒字率の伸びは、バブル期のそれと比べても圧倒的に高い。これは、バブル期は消費支出も増加していたが、2015年以降は消費支出の伸びが圧倒的に弱いという点だ。特に2017年以降の黒字率の上昇は、可処分所得の増加だけでなく、消費支出の伸びの弱さ=節約志向も奏功したことが分かる。

ゆとり感と消費の関係

さて、ここではたと気づいたことがある。032まで見てきたゆとり感と各種指標の関係で、消費に関する指標は取ってなかった。ただ、実際に消費できる所得があり、さらに所得が増加している状況でも、何らかの事情――将来への不安や事故への備えなど――で消費が出来ないのであれば、ゆとり感は低空飛行となってしまうのではないか。
というわけで、黒字率の深掘りは一旦脇に置き、ゆとり感と消費の関係を確認してみよう。023032と同じ方法で相関係数を取得する。以前と同じく、上から順に内閣府「国民生活意識調査」博報堂「生活定点」日銀「生活意識アンケート調査」をゆとり指標として使用する。

図4:消費支出変化率と1年前と比較した生活水準変化の相関
(出所:家計調査、国民生活意識調査)
図5:消費支出変化率と1年前と比較した生活水準変化の相関
(出所:生活定点、家計調査)
図6:消費支出変化率と1年前と比較した生活水準変化の相関
(出所:生活意識アンケート調査、家計調査)

3つ並べると、国民生活意識調査では、特に「良化」「悪化」で0.47、0.34と、ぼちぼち良い相関となった。一方でそれ以外は、ほぼ相関がない。一つ原因で考えられるのは、時間軸が国民生活意識調査ではバブル前からのデータだが、生活定点はバブル後、生活意識アンケート調査は2000年に入ってからのデータで、バブル期の「収入が増えて消費を増やす」という習慣がなくなってからのデータである、という点だ。
というわけで、国民生活意識調査の時点を1992年以降(生活定点と同じ)にしてみると、相関は下記。

図7:消費支出変化率(1992年以降)と1年前と比較した生活水準変化の相関
(出所:国民生活意識調査、家計調査)

まだ相関はあるが、0.1台と水準は大きく下がった。少なくともバブルのあとで、「消費が多いことがゆとり感を増す」という相関は失われてしまった可能性が高いのではないか。

まとめ

2015年以降、日本の、少なくとも勤労二人以上世帯の黒字率は上昇してきた。この背景は、可処分所得の伸びと同時に、消費支出が事実上全く伸びず、可処分所得の伸びがそのまま黒字額の伸びにつながったためである。
一方で、この黒字率の伸びと、各種ゆとり指標の伸びの相関は0.25程度しかない(023参照)。これについて、消費支出の伸びの弱さが関係していると推察し、消費支出とゆとり指標との関係も取得したが、少なくともバブルのあと、消費が増えるとゆとりも増えるなんてハッピーな相関はほぼない可能性が高い。

032では、このゆとり感を決定しているのは失業率の高さであり、世相にすぎないのでは、と指摘したが、今回の分析でもそれが裏付けられることになった。つまり、ゆとり感は、個人的な消費額の多寡には、少なくともゼロ年代以降左右されなくなっている。マクロなゆとり感は、引き続き世相であり、個人の家計を反映していないといえる。

なんとなく、ゆとり感に関する分析は個人的に一段落しちゃった感じ。分析してないけど、年齢や所得階層別の黒字率の推移についても、今回のと同じ結論になるのではないかと感じている。

補足・データの作り方など

家計調査の黒字、消費支出等から機械的に作成したので、特殊なデータ操作は全く行っていない。相関の作り方は、上述の通り過去分析と同じ。

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