【童話】奇跡の泉(一、1,120文字)

    一

 それは、或る日の夜のことでした。トムという少年はいつものように夜おそくまで靴づくりを手伝って、家にかえり風呂に入ると、髪をドライヤーで乾かしベッドに入って寝ました。疲れているのですぐに眠りに落ちましたが、その日はとても不思議な夢を見ました。
 トムは街外れの森をひとり彷徨さまよっていました。あまりに霧が深いので、トムは道に迷ってしまいました。おまけにとても寒いので、体はがたがたふるえて次第に歩く速度も遅くなりました。
 すると森の木々の隙間から、眩しい光が溢れ出ているのを見たトムは、木々の間を通り抜けて光に導かれるように進んでいきました。
 やがてトムは、ちいさな泉に辿たどり着きました。なんと不思議なことでしょう。泉の水は、黄金のような色に光っており、眩しい光が水面から溢れ出ていました。その場には一切霧は立ちめておらず、真昼のように明るく空気は澄み切っていました。
 トムが呆気あっけに取られていると、ひと際眩しい白い光が水面に起こり、トムは眩しさのあまりのけぞってしまいました。やがて光の輝きが収まったのでトムは前を向きなおすと、そこには見知らない美しい女のひとが、ボール状の光りに包まれて浮いていました。
 「マリア様だ」
 トムはこの女のひとが、聖母マリアであることを確信しました。とある画家が描いたマリア様の絵にそっくりな格好をしていたからです。
 「マリア様!」━━トムは女のひとにそう呼びかけると、女のひとはしずかに口を開きました。

 「あなたはこれから目の見えぬ人を救うでしょう。その人とともに泉に来なさい。そうすれば私はその人を救い、あなたに贈物おくりものをするでしょう」
 と、そこで目を覚ましました。日曜日の朝のことでした。トムは起きたあとも呆然として、朝めしの時もそのことばかり考えていました。やがて昼頃になって散歩に出かけることにしたトムは、ひらけた道を歩いていると、道の端っこで坐り込んだまま、動けないでいるおじいさんを見かけました。
 「おじいさん、大丈夫ですか」トムが話しかけると、「ここ何日も何も食べていないのです。私はここで死ぬでしょう」と、力なく言いました。トムは散歩に出かける時、よく丘の上でサンドイッチを食べるので、この日もサンドイッチを持っていました。
 「おじいさん、悲しいことは仰有おっしゃらずに、これを食べてください」と言っておじいさんにサンドイッチを手渡しました。おじいさんは目が見えないようで、やっとサンドイッチを手に取ると、「ありがとう。これで少しは元気が出そうだ」と言ってサンドイッチを食べ始めると、あっという間に平らげてしまいました。


後半に続く。↓後半


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