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第17回 紫式部の遠縁の女性たち

まず『蜻蛉日記』の作者・道綱の母です。
式部から見ると、母方の祖父・為信の兄・為雅の妻の姉妹という事で義理ではあるが姻戚となります。
『蜻蛉日記』は好奇心が強く向学心のある式部からみると義理の大叔母。936年生まれと推定され、式部より34歳年長。式部15歳の時には49歳となります。その歳、式部の母方の曽祖母が亡くなり、道綱母にとっては、姉妹の義母になるので、葬儀・四十九日の法要などで顔を合わせた可能性があります。式部はこの大叔母の筆力を敬愛し、また平安時代にあって一夫多妻の夫婦生活の大変さを聞いた事でしょう。道綱母は995年、式部が26歳の時に亡くなっています。きっと『源氏物語』に影響を与えた筈です。『蜻蛉日記』の中に、夫兼家に別の恋人ができて、正妻時姫に手紙を出して慰め合おうとするのは、『源氏物語』で、夕霧に新恋人ができて、側室・藤典侍が雲居の雁に手紙を出す場面と酷似しています。

続いて道長の正室・倫子(来年の大河では黒木華さん)です。あの定方の曾孫同士という事で再姉妹となります。年齢は倫子の方が6歳上です。式部の祖母にとって姪に穆子(むつこ:石野真子さん:かつての同世代のアイドルが演じるので楽しみ!)の子ですが、左大臣の姫なので式部とは身分が違い微妙な感じですね。式部が後年、道長の愛人になったりして更に関係は険悪となりそうです。
最後に清少納言。これは道綱母の兄・理能(まさとう)の妻が清少納言の姉という事で、血縁関係もないし、親族と言えるかどうかも分からない薄い関係ではありますが、4歳違い(清少納言が年上)の才女同士。少女の時期からお互いの噂を聞いていたと思います。後年、式部がかなり激オコしてますがその辺りは後日に。(続く)

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