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第53回 湯川秀樹とアインシュタインの出会い。

1939年9月、ベルギーで開かれる予定だったソルベー会議に出席のため、日本から新進気鋭の若き科学者で京大の湯川秀樹教授(32歳)が渡欧していました。しかし、ちょうど折悪しく大戦が始まってしまったため、湯川はせっかく欧州まで来たので少し足を延ばしてアメリカのいくつかの大学・研究所を訪問する事にして、ニューヨークに渡りました。

9月21日、湯川はニューヨークのプリンストン高等研究所のアインシュタイン(60歳)を訪ねました。
アインシュタインは1922年、ちょうどノーベル賞受賞の知らせの直後に日本を訪れていて歓待されました。
アインシュタインは親日家だったので話が弾みました。湯川の中間子論にも理解を示しました。そして夕食会には、
「日本の天ぷらは美味しかった。それと昆布の佃煮も。それから日本人は皆、礼儀正しく親切だった」
能、歌舞伎など日本の芸術・文かの素晴らしさを堪能した事もアインシュタインは相好を崩して言いました。そしてアインシュタインは湯川の前で、得意のバイオリンでバッハの「シャコンヌ」を演奏してもてなしたのでした。(続く)

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