『翔んで埼玉』原作よりも少しだけ早く『翔んで埼玉』みたいな埼玉おちょくりネタにまみれていた奇書

2019年。
まるで「さいたま市宇宙劇場」内のプラネタリウムに輝く綺羅星のように、映画・『翔んで埼玉』が銀幕に登場しました。
原作となった漫画は未完のままでしたが、それから約40年ほどの時を経て実写化された映画版の方では、原作のアホすぎる(誉め言葉)世界観を三次元上で見事に再現していて、かつオリジナルのキャラや設定を追加しつつもキッチリ痛快な大団円で終わるよう脚本が練られており、筆者はもちろん多くの観客から惜しみない賞賛が送られました。

で、さらに後の2023年末。
続編である『翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて』が堂々公開されたわけですが、これまた前作同様にバカバカしすぎる(誉め言葉)ギャグが中だるみなくハイテンションで連発される内容で、かつ観終わった後には実に爽快な後味が残るという傑作でありました。
この記事をお読みいただいている方の中にも、「つい最近観たばかりだよ!」あるいは「近いうちに観に行く予定だよ!」という方が多いかと思います。

あ、本記事に『琵琶湖より愛をこめて』のネタバレは含まれませんが、原作漫画および映画第一作については多少その内容に触れていますので、どうぞご了承下さい。






『飛んで埼玉』のおかしさの中核は、「埼玉」という土地を徹底して並外れた文化後進地として描き、かつその住民を被差別階級扱いしていることにあります。
例えば「未だに蒸気機関車が走っている」だの、「埼玉と東京の境界を超えるには通行手形が必要」だの、とにかくそのディスり表現がエクストリームすぎていて、あまりにも現実離れしているからこそ笑いが生まれているわけです。
代表作『パタリロ!』シリーズと同様、不謹慎とナンセンスの漫画家たる魔夜峰央先生のセンスが爆裂しまくった名作にして迷作と言えましょう。

が!
そのような他になかなか類をみないような「奇想」に満ちた本が、『飛んで埼玉』原作の発表とほぼ同時期に出版されていました。

その名も!




はい、このいかんともしがたく胡散臭いアトモスフィアに満ちた絵が表紙です。
『翔んで埼玉』は漫画ですが、こちら『埼玉は最高!』の方は活字主体です。
その内容を簡潔に説明するなら「ひたすら埼玉をバカにする」という、本当にただそれだけの一冊となっております。

では、本文を少しだけ例示してみますと……



……ううむ、ひどい!
とにかく「埼玉はイモばっか食ってる原始人の国」「埼玉は東京と全く別の"外国"」という扱いで、こんな不名誉なネタばかりが約200ページに渡って(時おり他県ディスも交えつつ)途切れることなく羅列されています。

……繰り返しますが徹頭徹尾デタラメのみを書き連ねた、マジでそれだけの内容です。



こんなふざけきったコンセプトで一冊の本を完成させ、しかもれっきとした「商品」として売り出すたぁ、あまりにも冒険が過ぎると思うのですが……
とにかく現実として、この『埼玉は最高!』は昭和の世にサクッと産出されてしまいました。
実際、どのくらい売れたかは分かりません。

さて。
ここでひとつ注目したいのが、『埼玉は最高!』の出版時期です。


「昭和57年=1982年の11月30日」だと記載されています。

一方で『翔んで埼玉』第1話が掲載された少女漫画雑誌『花とゆめ』『翔んで埼玉』第1話が掲載された号を見てみますと……



表紙上部をさらに拡大

「昭和58年=1983年の1月10日」。

雑誌・書籍の発行日は実際の発売日と異なっているのが通例ではあるのですが、これら2冊はどちらも1982年と1983年の境目の時期に発売され、かつ『埼玉は最高!』の方が『翔んで埼玉』より早く世に出ていたということは確実に言えるでしょう。

で、もって。
私が『埼玉は最高!』を古本屋で見つけたのは今から20年ぐらい前なのですが、それから幾星霜、2019年になってさらに『翔んで埼玉』の存在を知ってからずっと疑問に思っていることがあります。

すなわち、『最高!』の直後に『翔んで』が発表されたのは、果たしてただの偶然であったのか? ……ということです。

『最高!』と『翔んで』の間には、推定で1か月ほどの空白が存在しています。
かつ上掲したように、『最高!』には「埼玉~東京間の移動にはパスポートが必要」というネタがあって、それは『翔んで』の「通行手形」設定と実によく似ています。
もしかしたら魔夜先生は1982年の暮れに『最高!』を読んでいて、そこから『翔んで』世界設定の着想を得て、大急ぎで『花とゆめ』掲載用の新作原稿を描き上げたのではないか……

……と、かくのごとき歴史の流れをぼんやりと思い描いているのでした。
もしこのあたりの確かな事情をご存知な出版業界人、あるいは少女漫画通の方がいらしゃいましたら、ぜひご教示いただきたく。



あ、年のため申し上げておきますが、本当に『翔んで』のインスパイア元が『最高!』だったとしても、それをもって前者を「盗作!」だとか何とか言って弾劾するつもりは一切ありません。
例えば……映画好きであった赤塚不二夫先生が、チャップリンの『街の灯』を換骨奪胎して名作『イヤミはひとり風の中』を産み出したように、「漫画」の発展史の中に「パロディ」や「本歌取り」の表現は往々にして見られるものです。
もし魔夜先生が先行する単行本をもって自作の下敷きにしていたとしても、そこから40年後の社会においてなお広く爆笑を呼ぶ作品を創ったのは、他ならぬ漫画家自身の才覚と手腕によるものです。
よって、それはそれできちんと評価されるべきだと考えております。

本記事の第一の目的は、『埼玉は最高!』の存在をひとりでも多くの方に知っていただくことにこそあります。
映画第一作が上映された2019年中はもちろん、その次作が全国で大ヒット上映中の2024年初頭の今でも、『翔んで埼玉』にまつわる話題がSNSやリアル世間に絶えることはありません。
しかし一方で、それとまったく相似したコンセプトとジョークセンスを誇ったアホの極限(誉め言葉)みたいな一冊が、令和の時代に全く忘れられている!
……というのが、少しばかり残念に感じられましたゆえ。

これから古本屋や図書館で見つけるのは、なかなかに骨の折れる仕事だとは思いますが……願わくば『埼玉は最高!』に興味を持って、実物を手に取ってくださる方が世に増えんことを。




余談。
映画『翔んで埼玉』には、第一作・第二作ともに冒頭で原作者の魔夜先生が出演していらっしゃいました。
で、上掲した『花とゆめ』の「1983年 別冊冬の号」においても、やっぱり先生ご本人が堂々と自らをネタにしていたり。

……ナンセンスのために、体、張ってますねえ……



ここから、さらに長い余談。
自分は『埼玉は最高!』という本があることは昔から知っていたものの、その作者が何者であるかについてはずっと不明のままでした。
なにせ表紙にも奥付にも「アイランズ・編」とあるだけで、具体的な人名が書かれていないものでして……

ですが最近、SNS上で情報提供を募ってみたところ、その正体は放送作家の「高平哲郎」氏で、「アイランズ」とは氏の主宰する編集プロダクションではないかとこと。
(ご教示下さった @machida_77 さん、ありがとうございました)

そこで早速、高平氏の名義がクレジットされている『SONO・SONO』(1981,山手書房)なる書を読んでみました。
ちなみにそれは、同時期に「女子大生が自らの性生活をナマナマしく語る!」という内容でベストセラーになった『ANO・ANO』(JICC出版局,1980)のパロディだそうなので、そっちも並べつつ中身の一部を紹介してみます。

まずは表紙。

おお、左側の著者が豪華!
高平氏と赤塚先生は当時、「面白グループ」と名乗ってバカの才能(誉め言葉)に優れた人材を集め、こうした活動を精力的に行ってたそうです。

……それにしてもタモさんが若い。



……とまあこんな感じで、元ネタでは「女子大生」が語っている内容を、ひたすら「中年男性」のちょっと悲哀漂うトークにおきかえまくる! 
ってのが『SONO・SONO』のウリとなっております。

この「バカをやるなら徹底的に!」というスタンスが貫かれている時点で、『埼玉は最高!』の著者が高平氏(もしかしたら、滝氏・タモリ氏・赤塚氏らも続けて関わっているかもしれませんが)であることはほぼ確定しているわけですが、もうひとつ『ANO』と『SONO』から証拠となる箇所を抜き出してみましょう。


おや?
これと似たページは『埼玉は最高!』にもありましたよね?


本記事の上部でも引用したものを再掲


いやー最初に『最高!』を読んだ時にはまるで気づきませんでしたが、これの元ネタが存在していたとは。
『ANO』発売は1980年9月、『最高!』は1982年11月ですから、実に2年間に渡って擦っているネタなわけですね。

……以上、だからなんだって話ではあるのですが、筆者的には調べてみた結果かなーりスッキリする流れだったのでご報告申し上げる次第です。

不真面目を真面目に徹底した昭和バカ文化よ、永遠なれ。





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