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掌編小説|二つの土鈴

 男の家には二つの土鈴があった。一つは半魚人で、もう一つは鬼だった。鬼には塗装が施してあるが、半魚人は素焼きである。
 今、男は土鈴を二つ手に持ち、草履を履いて庭に回った。そして巨大な岩石を横目に、そこから距離をとった。
 実に快適な気候だったが、男はそれに気づかなかった。そして精神を集中させ、土鈴に目を落とした。
 それは、男が小学生のときに、図工の授業で強制的につくらされたものだった。男としては、その出来は中くらいのものである。
 だが、男の両親は、よくできていると思っているのかしらないが、男の住む、母方の実家に、男はそれがいつか忘れたが、大事そうに持って帰ってきたのである。
 男はまず一つを手に取り、大きく振りかぶって、つねにみそっかすと呼ばれてきた男にしては珍しく素晴らしいコントロールで、巨大な岩石に向かって鬼の土鈴を投げた。
 それは木端微塵となった。跡形も無いとはこのことだった。ただ、不出来だったため、丸い球が当初より抜け落ちており、代わりに、学習雑誌の付録だった紙のサイコロが小学生の手によってねじ込まれていたものが、見事に現れていた。
 男は少し呆然とした。過ぎたるは及ばざるがごとしというか、破壊願望が満たされていないように思えた。
 男は以前、やはり怒りのやりばをなくし、自分の味方と思っていた祖母が、遠くまで歩いて買ってきた大根を、同様にして、別の岩石に投げつけたことがあった。祖母は珍しくいかっていたが、元凶である母親は、薄ら笑いを浮かべていた。
 そのとき、大根は、割れただけだった。母親は、それを回収し、料理に使ったようだった。
 だから、土鈴の消失は、意外極まるものとして、男を驚かせた。
 だが、男の怒りはおさまることはなく、もう一つの土鈴も、煙のように消え失せたのであった。
「作品大事にしろよ」
 図工の先生は、定年退職で、並んだ児童に拍手で送られるとき、目をかけているところがあったか、わざわざ男に近づいてきてそういった。
 どうせ捨てることになる物なのではあろうが、一つまた一つと破壊するのは、自決の代わりになってよい、と男は思う。作品などを残して自殺する人間が多いが、男はいつもこう思っている。
 自殺する勇気があるのなら、自分の思う傑作を、闇に葬るのが先ではないのか、と。つまり――。
 男は言う。文学などでいうのなら、自分の作り上げた最高傑作を、発表する前に、PCから消去せよ、ということだ。
〈了〉

みなさまだけがたよりでございます!