30.強くてニューゲーム_3

 私は自宅でキッティングを終えると、翌日には教室へと向かった。
 通いなれた道に、こじんまりとしたビルの2階。最初は入るのに躊躇した扉の中には見慣れた仲間たちがいた。

 岡田先生、楊さん、晴子さん……。
 
 つい、晴子さんを見たとき、声を掛けそうになってしまった。
 当然のことながら、彼女や彼らは私のことを知らないだろう。

「今月から入った堂城くんだね。俺は講師の岡田です。さっそくだけど自己紹介してくれるかな?」
「今月からIT道場に通います、堂城一斗です。最強のエンジニアを目指すためにきました! 先生や先輩方よろしくお願いします!」

「「「……」」」

 一瞬の沈黙のあと、教室には笑い声が広がる。

「最強のエンジニアだって! 楊くんのライバルじゃん」
「負けていられない、です」
「これはまた、個性の強い子が入ったな~」
「岡田先生、『また』ってなんですか?」
「ごめんごめん、つい口が滑ってしまったよ」

――いつもと変わらない教室がそこにはあった。

 そして、このように噂されるようになる。
『ちょっと変わり者で凄腕の新人が入った』と。

 当然のことながら、今までにやってきた課題をやることは何も難しくなかった。躓きながらもサポートを受け、理解しながら歩んできた道だ。課題自体の問題を忘れたとしてもその本質は変わらない。

 今だけを見ると、常にできない自分との戦いでしかなかった。いつも頭の中には「Why」と「can't」が占めていて、壁にぶち当たっている。

 こうやって来た道を辿ってみたら、どうだろうか。
 壁に囲まれていた小さな町がまるで平野のように広いではないか。
 
 そして課題が進むにつれ、その景観は変わってくる。

――聳え立つ壁がまた見えてくる。

 私はその瞬間、これは夢だと気づいた。
 今まで辿ってきたことを脳が私の心に認めさせようとした優しい夢。

 晴子さんが握りこぶしに親指を突き立てて私を見ていた。
「最後の最後まで、ありがとうございました。きっとそれを伝えられなかったのが、私の心残りだから出てきてくれたんですね」
「堂城くんは真面目だからな~。よく頑張ってる自分よりもボロボロの自分ばかり見ている気がするんだよ。『なんて自分は弱っちいやつなんだ』ってね」

 確かに、ITジャングルを彷徨って、スライムと戦って、ゴブリンと戦って、BOSSと戦って……その時に戦って負けた涙を飲んで過ごしている。日々の努力は頑張った自分が評価される場ではなく、常に生き残るための戦場なのだ。

 だからこそ、自分自身に「よく頑張ってるよ」と認めてあげること。
 傷ついた身体を癒やす時が必要なんだと思う。

「本当によく頑張ってるよ」
 
 頑張りを人から認められた時、どれだけ救いになるだろうか。
 私も誰かが辛いときこそ、頑張りを認めてあげられる人になりたいと思った。

「ありがとう。そろそろ戦場に戻るよ」

――脳が覚醒していく中、教室の皆は笑っていた。

…。
……。
………。

 何の夢を見たかは覚えていないが、すごく頭がスッキリとしている。
 疲れた時こそ、睡眠の質が大切なのかもしれない。

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登場人物
IT戦士を目指す人 堂城一斗(たかぎ かずと)
アカデミー事業部臨時講師 岡田啓介(おかだ けいすけ)
生徒 晴子(はるこ)卒業生
生徒 楊(よう)卒業生
※この話は完全なフィクションです。
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