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W杯スペイン戦VAR:インプレーは証明不能でも正当である数学的根拠

■ 連夜興奮のカタールワールドカップ

カタールW杯では前評判を覆す素晴らしい戦いを続けているサッカー日本代表。まさかドイツとスペインに勝ってコスタリカに負ける状況を想像していた人はほとんどいないでしょう。さらには日本が1位でグループリーグを突破するとは…

スペイン戦では三笘選手の神がかり的な折返しで逆転ゴールをもぎ取った日本代表。諦めることなくボールを追いかけて、強い相手にも果敢に立ち向かうチームの姿には純粋に感動させられます。ありがとう日本代表!

■ スペイン戦VAR判定の論争

しかしスペイン戦の逆転ゴールについては「三笘選手の折返しがゴールラインを出ていたのでは?」とメディアで騒がれているようです。最初に明言しておきますが、私は理系の研究者であってVARの技術を疑ってはいません。ボールも出ていなかったと信じています。映像を見た主観で「明らかに出ていたからVARは間違っている」などの意見があることには残念な気持ちになります。

一方で「FIFAが出したVARの証拠映像からインプレーであることが紛れもなく証明されたぜ!!」という論調に全く疑いをもたないことにも、デジタル技術の正しい理解に対する危うさを感じています。具体的に言えば

FIFAの証拠映像からはゴールラインを出ていたことは証明されていない

というのは疑いの余地のない事実ですが、デジタル技術によって

ゴールラインを出ていないことを厳密に証明することは不可能である

ということは、少なくとも認識はしておくべきかと思います。数学的に言えば、FIFAの証拠映像やその他の画像から議論できることは、インプレーであることの「必要条件」であって「十分条件」ではありません。ただし、VAR技術に基づいて「インプレーであると判定すること」は客観的に正当だというのが私の結論です。それらを以下で説明します。

■ ポイントは「アナログ VS デジタル」の関係

FIFA.comのスロー映像の各コマ (Twitter)

FIFAがTwitterで公開したスロー映像では問題のシーンが「コマ送り」のようになっています。前後の「すべて」のコマを抜き出した画像が上の①から④です。ボールの縁がプレーエリア外に最も接近する画像は②です。③ではボールがエリア内に戻り始めています。

これらの画像からは確かにボールはプレーエリア外に出ていないと判断できます。しかし、注意が必要なのは

②と③の間でボールがエリア外に出ていた可能性は0ではない

という点です。この可能性を図示したものが以下です。

FIFAのスロー映像からは否定ができない事象

FIFAの映像で得られているのはボールの軌道に関するデジタルデータです。「デジタル」というのは「離散的」ということです。要するに飛び飛びです。逆に「アナログ」というのは「連続的」ということです。時間は途切れることなく連続的に流れるので、ボールの軌道はアナログです。

なお、メディアでも話題の以下の画像は②よりもさらに際どい瞬間を捉えているように見えます。おそらく②と③の間に位置するタイミングだと思われます。この画像もデジタルで撮影されたものでしょうから「ボールの軌道の頂点」に位置する瞬間かどうかは誰にもわかりません。

Twitterの情報によると1.88mm程度がエリア内とのこと

■ VARで証明可能な事実とは

以上のように、VAR技術は「連続的なボールの軌道」がゴールラインを出たかどうかを「離散的なデータ」に基づいて判定するものといえます。デジタルデータである限り「アナログの軌道に関する判定を過不足なく完全に行うことは原理的には不可能である」という点は、一般論として認識しておくべきかと思います。

一方で、デジタルデータから厳密に証明できることもあります。それは

【A】VARのあるコマ画像でボールがエリア外に出ている瞬間が映っていたならば、現実にボールはエリア外に出ていた

という事実です。考えてみれば当たり前です。しかし、同じに見えるかもしれませんが

【B】VARのすべてのコマ画像でボールがエリア外に出ていなかったならば、現実にボールはエリア外に出ていなかった

は必ずしも正しくないのです。数学では、【B】は【A】の「裏」の命題と呼ばれています。【A】は正しいが【B】は正しいとは限らないというギャップは、上述したアナログとデジタルのギャップに起因します。

■ 技術は否定されるべきではない

以上の説明から「やっぱりVARは信用ならない」と考えて欲しいわけではありません。「ボールがエリア外に出ていた可能性のある時間間隔」すなわち「画像②と③の時間間隔」はミリ秒の単位であり、人間が肉眼で正確に認識できるものではありません。

肉眼の場合には、エリア外に出ていないものを出たと判定することもあれば、その逆もあります。しかも判定は主観的です。一方で、VARの場合には

エリア外に出たというVARによる判定は原理的に間違うことがない

という点が重要です。VARによるボールが出たという判定は客観的なデータとしてちゃんと残ります。

さらに技術が進歩して、マイクロ秒やナノ秒という間隔でデジタルデータを処理できるようになれば「出ていた可能性のある時間間隔」は限りなく0に近づいていきます。5GやBeyond 5Gが目指す近未来です。

■ 結論:日本代表のゴールは認められるべき

長々と書いてきましたが「日本代表のゴールを認めた判定は正当である」というのが私の結論です。その根拠は

VARによってボールがエリア外に出たという証明がされていないから

です。上で説明してきたように「エリア外に出ていなかった」という命題は、VARをもってしてもデジタル技術である限りは原理的に証明できません。しかし、VARが証明できないことは肉眼でも証明できないことです。「インプレーの証明」は過去に戻れない限り誰にもできないのです。

では、あのシーンを「インプレーだと判定すべき」といえるのはなぜでしょうか。その理由は、VARを用いて客観的で公平な基準を定めるためには

VARがアウトオブプレーと判定しない限りはインプレー

と定義すべきだからです。仮にVARがアウトオブプレーと判定していないのにも関わらず、人間が勝手にアウトオブプレーと判定できる余地を残してしまったら、明らかなインプレーですらアウトオブプレーだと人間が判定することも許されてしまいます。そんな曖昧な線引ではデジタル技術を導入する意味がありません。

以上が数学的な観点からスペイン戦のゴールが正当であるという根拠です。

さらなる日本代表の快進撃に期待しています!!

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