③仮説設定過程について

はじめに
 システムズアプローチでいう仮説とは、セラピストが面接の中で何気無く思ったこと、ふと考えたというレベルものから、相互作用やパターンを把握するために集めた情報、家族システムの動きに対する大雑把な見立て、相互作用やパターンから推測されるニーズ・期待や希望、変えやすいところと変えにくところ、来談者と家族がすでに持っての能力や資源(SFAでいうのリソース)のアセスメント、セラピストと来談者や家族が問題の解消に向けて動いていくために共有するための理解などさまざまなレベルの仮説があるといえます。セラピストの仮説は、セラピストが持っている枠組みともいえます。

仮説の基本
 吉川(1993)は、セラピストは『仮の仮説』を基に質問を投げかけ情報を修正しながら『利用不能な仮説』を共有・修正し、『治療に有益な仮説』への修正を行うと述べています(p.265を参照)。また、“システムズアプローチで用いる『治療に有益な仮説』は、家族にとっての真実でもなければ、治療者が勝手に作り上げたものでもありません。『治療に有益な仮説』は、治療システムという新たなシステムの構成員全体が作り上げるものであり、そこで作られた『治療に有益な仮説』が治療的に有効であるか否かは、治療システムが結果を教えてくれるものです。治療者は。限りなく『仮の仮説』と『利用不能な仮説』、そして『治療に有益な仮説』という変遷する「仮の真実」を理解し、『治療に有益な仮説』を形成するために、絶えず検証のための質問を繰り返さなければならないのです。(pp.268−269を参照)”と述べています。
 来談者と家族とのやりとりからなるこの仮説の段階的な過程は、介入の下地造り過程で出てくる文脈構成だけでなく、治療的介入にも影響を与えていく非常に重要な過程といえます。この時に、セラピストは質問を繰り返すことで、差異が現れ、その差異自体が新たな情報になると考え、来談者と家族の言語的な反応だけでなく、非言語の反応も含めて理解し、セラピスト自身の仮説を修正していくことが必要になります。この時に、円環的質問法がセラピストの道具として役に立ちます。

仮説の設定
 遊佐(1984)は、セラピストが家族システムに対して仮説を設定するとき、システムの機能・構造・発達の3つの属性を柱に理解することを提唱し、その属性に沿って「ボーエンの家族システム理論」「ミニューチンの家族構造療法」「MRIの家族総合影響アプローチ」の3つのアプローチを紹介している。そして、異なる属性に焦点に当てているが、重複するところも多いと述べている。このことからも、家族をシステム(別のいいかたでは関係)として捉える家族療法やシステムズアプローチでは、仮説の基になる基本的な情報は共通していると考えられます。
 吉川(2009)は、こうした属性について、“対象となる家族システムの「機能→問題処理の過程」「構造→問題処理のための役割」「発達→問題処理の歴史的経緯」となり、それぞれの側面を包括したものであればよいことになる。”と述べている。また、折衷的家族療法を活用するための統合的な仮説設定として、“1 )相互作用が変化した時間軸の設定、2 )各時期の相互作用の特性、3 )各時期の相互作用から想定される構造特性、4 )各時期の特徴的枠組み、”という4つの側面を提唱している。
 治療システムを重視するシステムズアプローチでは、これに加えてセラピストの立場(position)やセラピスト自身のコミュニケーション特性を考慮し、家族システムだけでなく治療システムも含めた二重の仮説(と観察)が必要になります。

仮説の実践
 実践での、基本的な流れとしてジョインニング過程から情報収集過程に入る際に、セラピストが「いつからですか?」と質問することで、問題発生時の相互作用を理解していきます。そして、「どのよう対処されたんですか?」と質問することで、問題対処の相互作用を理解していきます。その後、「それからどのようになったんですか?」と質問することで問題対処後の相互作用を理解していきます。さらに、必要であれば「今回来談することになったきっかけは?」と質問することで問題対処後から来談に至るまでのまでの相互作用を理解していきます。
 このようにまずは、時間軸をセラピストが任意で時間を区切りし、その時間軸を基に各時期の相互作用の変化(家族システムの発達的な仮説)を把握していくことができます。そして、その時間軸ごとの特性から考えられる相互作用やパターンの特性(家族システムの機能的な仮説)、役割や距離といった構造の特性(家族システムの構造的な仮説)を把握していきます。
 こうした機能的な仮説は、MRIの「偽解決」、戦略派の「連鎖」と捉えることができます。次に、構造的な仮説は構造派の「家族図」、他世代派の「家系図」、発達的な仮説は、ボーエンの「家族評価」、ミラノ派の「家族史」として捉えることができるとできるといえます。
 また、実際の面接では、問題とされる家族システムの動きだけでなく、問題のない日常の家族システムの動きを把握しておくことも大切になります。

(吉川悟著「家族療法ーシステムズアプローチの〈ものの味方〉」を参考に筆者作成)




円環的な仮説設定
 円環的な仮説とは、実際に起きた事象を循環するつながりとして捉えていくことになります(この時に、あくまで〜とみなすと〇〇が起きていると捉えることができると考えたり、記述したりする方が仮説に流動性がでます)。つまり、原因と結果という直線的な仮説よりも、相関関係や変数と変数の相互作用として事象を捉えるような仮説を設定することになります。
 たとえば、子どもの行動を問題としている家族が来談した場合、家族システムの動きを子どもの行動と家族間の緊張という2つの変数の相互作用として捉えてみることができます。この時、フィードバック・ループの<ものの見方>を用いると、問題とされる子どもの行動が家族間の緊張のサーモスタットの役割をしているとみなすことができるかもしれません。
 また、レギュレーションの<ものの見方>を用いると、子どもの行動は緊張のレベルごとに設定されており、緊張のレベルによって変更されているとみなすことができます。たとえば、家族間の緊張レベルが1の時は子供の行動パターンはAに、レベルが2のときは行動パターンはBに、レベルが3の時はCに変更されるとみなすことができるのかもしれません。ちなみに,レギュレーションは、レベルに合わせて、ある反応や行動の状態がセットされているという考え方にになります(車やバイクのギアチェンジ、エアコンの運転モードなどがたとえにあげられます)。

おわりに
 簡単にですが、以上がシステムズアプローチの仮説設定過程になります。ジョイニング過程から仮説設定過程までは、「情報収集→(仮説の修正)→仮説設定→(仮説の検証)→介入→(差異の検索)→再び情報収集」という過程をしっかり身につけておくことで、システムズアプローチを自身に定着させるための基礎体力ができるといえるかもしれません(図は吉川,1993より引用しています)。

引用文献
中野真也・吉川悟(2017)システムズアプローチ入門ー人間関係を扱うアプローチのコミュニケーションの読み解き方,ナカニシ出版.
東豊(1993)セラピスト入門ーシステムズアプローチへの招待,日本評論社.
東豊(2018)漫画でわかる家族療法2ー大人のカウンセリング編,日本評論社.
吉川悟(1993)家族療法ーシステムズアプローチの〈ものの見方〉,ミネルヴァ書房.
吉川悟(2009)家族療法における工夫.(乾吉佑・宮田敬一編)心理療法における工夫,pp.137-149.金剛出版.
吉川悟(2019)家族療法のケースフォーミレーション,精神療法増刊第6号,金剛出版;52-59.
遊佐安一郎(1984)家族療法入門ーシステムズ・アプローチの理論と実際,星和書店.

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