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書評『ヴィクトリア朝時代のインターネット』トム・スタンデージ

おお、待っていた海底電信が来た。ちょっと待ってください。ハドスン夫人、返事を出すかもしれないから。

コナン・ドイル『踊る人形』

本書は1998年に出版された本で、2011年に翻訳、単行本化した書籍の文庫バージョン。
SF者ならタイトルを見ただけで、ある小説が思い浮かぶと思います。
タイトルの『ヴィクトリア朝時代のインターネット』とはずばり電信テレグラフのこと。
本書は19世紀に誕生した発明である「電信」をめぐる小史であり、21世紀のインターネットに先駆けて、情報化とグローバリズムを体験した時代として19世紀を捉える。
テレグラフというのは、電報といえば僕はギリギリわかるのですが、モールス信号を使って打電して、短いメッセージを送信するアレです。

テレグラフは電気を使って情報を送信する機械で、まだガス灯が使われていた時代にあっては圧倒的な速さを持つ通信手段になる。
テレグラフが登場する以前の通信手段は、船や馬による伝令、伝書鳩、教会の鐘などによるものだったからだ。

初期のテレグラフは、クロード・シャップによる「腕木通信」と呼ばれる光学式テレグラフで、木の腕を動かして、手旗信号を送るようにして、離れた場所に“視覚”を通して情報を伝えるというものだった。

その後、アメリカでモールスが、イギリスでクックがそれぞれ、電気を使ったテレグラフの開発に乗り出し、それぞれで電気式テレグラフを開発することになる。
モールスは、モールス信号のモールスなのですが、この有名な符号も電気式テレグラフ開発の途上で生まれた副産物のようなものだった。

電気式テレグラフ、電信の通信塔は大陸の各地に置かれ、急速に普及していく。
ついには海底ケーブルを敷設して、海を隔てた外国同士の通信までも可能になり、一気に世界が狭くなるのだった。
海底ケーブルと気送管を使った情報網は、世界各地の情報を数時間内に集約することができ、文字通り社会を一変させた。

電信を使ったオンライン恋愛にリモート結婚式、暗号と暗号破りをするハッカーがおり、サイバー犯罪者も存在した。
メディアも劇的に変化し、数週間のタイムラグがあった海外のニュースも即座に新聞に掲載されるようになり、それが民衆の間にグローバルな感覚を醸成することになる。ロイターやAPと言った通信社が始まり、海外の情報を一手に捌いた。
19世紀はこうした大転換が一挙に押し寄せた時代だった。

インターネット普及以前の楽観的な予測のなかに、国境や民族の垣根がなくなり、世界平和に近づくという思想がある。19世紀の電信普及時にも、この思想がまことしやかに信じられ、著者はクロノセントリシティーなる造語で、自分たちの時代のテクノロジーがあたかも最新のものであるかのような錯覚があると指摘する。
インターネットの発明は、決して新しいものではなく、19世紀の電信技術が21世紀に復活したものであるというのだ。

そんな電信も、ベルによる1867年のハーモニック電信、電話の開発によって消え去ることになり、その時代に幕を下ろす。

本書は230ページほどの薄い本なので、サクッと読めてしまうのも魅力。
19世紀を歴史の特異点として、新しいイメージで捉え直すことができる名著だと思います。装丁なんかもかっちょいい。

なんというかスチームパンクものの魅力についても考えさせられて、ローテクな機械に対する奇妙なノスタルジーとか、情報化の始まり、世界中がネットワークに侵食されていく不気味さ。今の世界ともリンクする符号があちこちに散りばめられていて、それを発見する興奮だとか、そうしたロマンが詰まっているジャンルなのだ。もちろん本書にも。



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