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『エンパイア・オブ・ライト』 昼と夜の往還が魂を救い上げていく。

本作の前にデイミアン・チャゼル監督の『バビロン』があり、偶然にも”映画”がテーマの映画が重なる。

ついでに『フェイブルマンズ』もそうだ。

『エンパイア・オブ・ライト』では、「映画への愛」を全面に出した『バビロン』とは違って、監督自身の個人的なエピソードを反映した映画になっています。

単に「映画館が舞台の映画」と呼ぶのがふさわしい気がします。
それくらい両者で手触りが違うもの。

昼(現実)と夜(非日常)を往還するドラマ

撮影監督はロジャー・ディーキンス。
人物を、美しい闇のシルエットで浮かび上がらせる彼のカメラは、本作にこれ以上ないくらい適任な存在。

この映画のモチーフの一つが、タイトルにもあるように”光”。
最初このタイトルを聞いたとき、マグリットによる同名の絵画『光の帝国』が思い浮かびました。

ルネ・マグリット『光の帝国』

昼の青空の下に、夜の家があるというシュールなイメージの絵は、なるほど”映画館”と思えなくもない。

現実世界=昼の世界に置かれた、非現実=夜の世界。
映画館が非日常の体験装置であることは、映画ファンなら周知のはず。

本作の主人公、ヒラリーも昼と夜の往還によって、現実と対峙することになります。厳密に検証したわけではないのですが、昼のシーンでは現実、日常が描かれ、夜のシーンでは非日常とロマンスが描かれているように思えます。

例えば、ヒラリーとスティーブンが屋上で花火を見るシーンは夜です。
非日常のロマンスの世界で二人は惹かれ合います。

そして彼女たちに肉体関係ができ、廃墟になった劇場で逢瀬を重ねるシーンは、昼の中で描かれる。二人のやり取りが日常化し、ロマンスの終焉をそれとなく予知させる。

こうして昼と夜の往還が繰り返され、寄ては返す波のように彼女の心を運んでいく。海辺が舞台というのも符号としてぴったり。

日常を破るもう一つの装置

こういった昼と夜のドラマに、さらに音楽が貢献を果たす。

ヒラリーの日常に及ぶ、変化やときめきは、音楽として現れる。
スティーブンがヒラリーにプレゼントするのは音楽のレコードで、現実の空虚さを吹き飛ばすのはやはり音だ。

屋上で花火を見るシーンでは、現実を覆い隠す”夜”と派手な花火の音の二つが、ヒラリーの世界を非日常に変える。ダブルパンチで一番印象に残るのがこのシーンなんじゃないかしら。

”音楽を使わない”というのも、当然ですが一つの演出で、静まり返った場所では些細な音でさえ響き渡り、孤独や気まずさといった感情を耳で聴いてしまうようだった。

この映像と音の心地よいリズムが映画の中を満たし、束の間ほろ酔い気分にさせてくれるのが『エンパイア・オブ・ライト』です。

サム・メンデス監督による上品な英国映画となっています。
『バビロン』との落差よ。





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