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20代がSFマガジンをはじめて買った感想。

この前、伴名練先生の『なめらかな世界と、その敵』を読んで、その長大な“あとがきにかえて”に触発されて、ついにSFマガジンデビューしました。
SFマガジンでしか読めない短篇というのものが、やはりある。
90年代のSF冬の時代は特に、単行本にならずに雑誌に埋もれた短篇の名作が無数に存在して、それは伴名練先生のエッセイで痛いほど伝わった。
なので今号から買うことにした。

古のSFファンは、何号からSFマガジンを買っているか。というようなことを雑談のタネにするそうですが本当でしょうか。僕の場合、2023年の10月号、No.759ということになるのか。

SFマガジンには短篇だけでなく、エッセイや書評も掲載されていて、今なら伴名練先生が『戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡』長山靖生氏が『SFのある文学誌』をやっていて、途中から読むものの、かなりディープな内容。
こういう情報に触れられるのも、マガジンの特典の一つだ。

伴名練先生の特集では山尾悠子先生の足跡が語られ、全然存在すら知らない作家だったのですが、むちゃくちゃ読みたくなったぞ。

掲載されている短篇は以下の通り。


キム・チョヨプ 『マリのダンス』

あらすじ
モーグと呼ばれる、目が受け取った情報を脳内で再構築できないという障害を持った人たちが存在する社会。ダンス講師のソラはモーグのソラにダンスを教えることに。正常な視覚を持たないモーグはダンスなど踊ることができない。にもかかわらず、マリは《フルイド》と呼ばれるインプラントを埋め込んで、ダンスを習おうとする。彼女の目的は何なのか、ソラは疑心にかられながらも、マリにダンスを教えていくが…。

感想
キム・チョヨプは短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』で話題を呼んだ韓国の新星で、本作で初めて作品に触れました。繊細な文章が心地よい作品だった。マリはきっと止めて欲しかったんじゃないか「先生、行かないで」のセリフが突き刺さる。

王侃瑜 『隕時』

あらすじ
隕石から採取したTー42と呼ばれる物質で、人間の思考を速くすることに成功した世界。一般にまで普及したそれは、人類の作業効率を飛躍的に上昇させたが、一方である現象が起こり始めた…。

感想
こちらもインプラントと人間の主観を扱うSFとして、『マリのダンス』と共通する要素もある。アインシュタインによれば時間は相対的なもので、誰にでも平等に流れるものではない。倍速視聴なんて言葉が流行ったりもして、私たちが現在を消費するスピードは加速し続けている。夏アニメはもう秋アニメが始まったら過去のものになってしまうという、そんな時間を生きている。
時間というものの扱いを変えるだけで、幸せになる世界があるのではないか。

『隕時』はテッド・チャン『顔の美醜について』のような感じの、複数の人物の体験記?のような形の物語で、ラストでは学校で、加速する時間を生きる生徒と我々と同じような時間に取り残される生徒の断絶、格差が描かれて終わる。現代ニューウェーブSFという感じで面白かった。

M・ショウ 『孤独の治療法』

あらすじ
パンデミック下でリモートワークに勤しむ主人公の女性は、しつこい元彼、飼い猫の死、金銭問題、自粛生活に嫌気が差していた。ある日、鉢植えの植物に、遊びでピクルス液をやったら、突然変異した謎の植物が自生し、アパートを侵食し始めた。

感想
極めて現代的なストーリー。自粛中のアパートといういわば人工物に囲まれた空間を、植物が侵食するというのが、ちょっと面白い構図だと思いました。人間、空を見上げて緑に触れないと病んじゃうよね。

草野原々 『カレー・コンピューティング計画』

あらすじ
小説家の私は、自動生成AIの登場によって、実存を大きく脅かされていた。そんなある日、散歩道で謎の羽虫のように見えるゴミのようなものが湧きたつ光景を幻視する。慌てて逃げ込んだ先が、「万物極限研究所」と呼ばれる、町外れによくあるマッドサイエンティストのラボであった。私はそこに住む博士から、謎の光景の正体を明かされる。

感想
草野原々の噂は聞いていたが、確かにこれはやばい。人類はカレーから進化した生物であることが、まことしやかに語られ、爆笑を誘う。カレーは地下を流れる資源で、カレールウなる謎の固形物が実は、工場で発掘されていたということを初めて知りました。筒井康隆っぽいヨタ。

十三不塔 『八は凶数、死して九天』前編

あらすじ
19世紀中国、陳魚門は科挙に合格するも無為の生活をして、賭博に興じていた。ある日、遊戯の最中に突然、未来の光景を幻視する能力が発現する。その能力をめぐって、大きな陰謀が動き出す。

感想
こちらはハヤカワSFコンテスト優秀賞の『ヴィンダウス・エンジン』でデビューした十三不塔氏による新作。こちらの方も初めて読むSFでした。麻雀の創始者、陳魚門を主人公にした前後編の前編です。かなり濃密な展開で、長編ばりの構成。後編は次号掲載。

このほかにも池澤春菜氏によるチャットGPTなどのAIを使った、SF短篇の創作企画。神林長平の『雪風』第5部、冲方先生のマルドゥック、飛浩隆『空の園丁』という豪華すぎる連載陣なんかも。途中参戦なので、読めないんですけどね……。

こうやって紙の雑誌を買って持つこと自体、新鮮で楽しいのでおすすめです。



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