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戦え! 全マルチバースのあたし! ニヒリズムをぶっ飛ばせ! 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

アカデミー賞7冠おめでとうエブエブ!
SFが作品賞を取るのも珍しい出来事ですね。
私自身文句なしに一位に推したい作品です。

予告を見た限りでは、B級テイスト強めなハチャメチャな作品だと思ってました。
『ディックロングはなぜ死んだのか?』と『スイス・アーミー・マン』の監督、ダニエルズの最新作なので。

前2作はオフビートで、淡々としたところがあったのが、『エブエブ』ではテンポがよく、見せ場のメリハリがしっかりしていて、作風に変化が感じられる。満足感が高いエンタメな方向に。

そしてこれはデメリットにもなりうるのですが、2時間20分という尺に、これでもかという情報量が詰め込まれ、ハイテンポで展開するので、とても目まぐるしい。下手すると混乱して脱落者が出るんじゃないか。

逆に言うと、煩雑な説明シーンなどで勢いを殺すことなく最後まで見せ切っている、超絶技巧とも言える。

ダニエルズは本作で様々な映画にオマージュを捧げており、パンフレットの中で詳しく検討が加えられている。

その中で私の膝を打ったのが、カート・ヴォネガットに影響を受けていることだった。なるほど、今こそ彼なのかもしれない。

ニヒリズムvsギャグ

ミシェル・ヨー扮する主人公エブリン・ワン(名前いいよね)が対峙する敵というのが、自分の娘ジョイであり、全マルチバースをベーグル型のブラックホールで消滅させようとするジョブ・トゥパキ。

ジョイはニヒリズムに染まっていて、「この世界なんてどーでもいい」「壊れちゃえ」くらいに思っている。
つまんなくてクソな世界はぶっ壊れろというのはまさしく今の気分そのもので、ジョーカー先輩が笑いながらやってのけたことだ。

しかしこれは気分であって、解決策ではない。
この世界を混沌に陥れるために、街中のガラスを叩き割って歩くわけには行かない。そこで『エブエブ』が特効薬として提示するのが、「カート・ヴォネガット」なのだ。

ヴォネガットはアメリカの現代作家で、風刺的なSFコメディが得意な作家です。
彼の哲学はシンプルで「争うな! 親切でいろ!」というものです。

『エブエブ』が痛快だったのは、やっつけて終わりの勧善懲悪ではなく、虚無から娘を救い出す、戦わない解決をするところだと思った。

『エブエブ』では笑いが武器だ。
他のマルチバース上の自分を憑依させるバースジャンプなる技を使って、カンフーを会得して戦ったりするのですが、バースジャンプをするのに必要なエネルギーというのが、その場で”最も場違いな奇行”を冒すことなのだ。

無意味で馬鹿げた行為に無限の可能性がある。
無意味さ(ニヒリズム)というものが、一方では人生を無価値にする絶望であり、一方では馬鹿げた笑いとなる。そんな二面性を象徴しているように思える。

バットマンではジョーカーを止められない。
バットマンは笑わないし、情け容赦を知らないからだ。

『エブエブ』とヴォネガットが提示する親切心と楽観こそが、この宇宙を救う最強の武器なのだ。


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