見出し画像

銀次郎と、ゆうと。

父には子供が出来たらつけたい名前があったそうだ。
女の子なら『優香』、男の子なら『銀次郎』と。
優香の由来はわからないけど、銀次郎は本宮ひろ志の「硬派銀次郎」が好きだったから、らしい。義理人情に厚い番長、みたいなね。今思えば、父こそ銀次郎みたいな人だったな。銀次郎よりも、もっとコミカルだったけど。
結果、僕も姉も優香や銀次郎にはならなかった。だけど、その名前は犬につけられることになった。

ある日、デパートの屋上で催された里親募集イベントにて、僕らは銀次郎と出会った。雑種の柴犬っぽい雰囲気の犬で、とても優しそうな顔をしていた。O型っぽい顔だった。まぁ犬には10種類くらい血液型があるそうだからこの例えはアレだけど。
銀次郎はすくすくと育った。
無駄吠えも殆どしない、いい子だった。お昼のサイレンに呼応して遠吠えしてた時はあったけど。
夏休みなんかに川へ遊びに行く時も連れて行ったりして、家族みんなで可愛がった。ただまぁ、なんていうか、今風の可愛がり方じゃなかったけどね。昭和風な飼い方だった。味噌汁ご飯とか普通にあげてたし、ケンタッキーの骨なんかもよくあげていた。駄目なのに。
そんなふうにして、銀次郎がいる毎日は日常へと溶け込んでいった。

それからしばらく時間が経って、銀次郎は亡くなってしまう。13歳くらいだったかな。犬にしてみればきっと大往生なのだと思う。
僕はその時銀次郎がいる地元にいなかったから、母からの電話でそれを聴いた。息を引き取る前にワオーンとひと鳴きしたらしい。

銀次郎はその人生…ならぬ犬生の途中、脱走した際に車に轢かれて(轢き逃げだった)、後ろ足に後遺症を遺した。完全に動かなくなったわけじゃなかったけれど、散歩の時は細くなってしまった後ろ足を引きずりながら歩いていた。もう後ろ足を上げて電柱に小便をかけることも出来なくなり、だらだらと垂れ流すようになった。その場に止まって済ませばいいものを、感覚がおかしくなっていたのか垂れ流しながらずんずんと歩くものだから、銀次郎が歩く後ろには小便の跡が蛇のような形をしてついてきた。

散歩の際、雨水が路面に溜まらない為の溝や排水桝(はいすいます)を嫌った。後ろ足が引っかかったり滑り落ちてしまうからだ。
それを知ってて僕は、遠回りして溝などを迂回してあげればいいものを、少し強めに引っ張りながら散歩をしていた。銀次郎は溝を越えるたびにキツそうな顔をしながら前足を器用に使ってジャンプしていた。ジャンプ、と言えるほどの跳躍は出来なかったけど、ね。

そんなことを思い出すと、申し訳ない気持ちになる。もっと優しくしてあげればよかったとか。優しい銀次郎の表情に甘えていたんだなぁ、とか。


長々と、どうして銀次郎の話をしているのだろう。
なんだか、ふと思い出したのだ。

どうして僕は、失ってから後悔するのだろう。もっとこうしていれば良かったと思うに決まっているのに、なんでそれが手の中にあるうちに出来ないのだろう。

ああ、やはり僕は『銀次郎』にはなれなかったのだな。

実は、銀次郎が亡くなる二年前くらいから、もう一匹雑種の犬を飼っている。彼女はメスで「ゆう」と名付けられた。
ゆうは銀次郎とは真逆のおてんば娘で、よく脱走もしたし無駄吠えもした。元気すぎて、手を焼いたものだった。
だから本当は「優香」の「優」とつけたかったのだけど、母が「あいつは優しくない!」と冗談混じりにゴネて、「勇」とした。でもメスなので「勇」はちょっと違うなとなり、「ゆう」と平仮名にすることにした。余談だけど。笑

そんなゆうも今年の夏で15歳を迎えた。未だに郵便局員が乗るカブには気が狂ったように吠えたりするけれど、それでも全盛期に比べればずいぶん大人しくなった。
ただ、今年の猛暑には相当参ったようで、今すこし痩せている。元気だけど、ちょっと弱っているように感じる。いつもはぐんぐんと僕の手を引っ張って歩いていたけど、それもとぼとぼとした歩みに変わっている。

年齢的にそう遠くない未来、ゆうも息を引き取ってしまうだろう。
その時後悔しないように、今はなるべく「優」しくしてあげよう。

そんな優しい銀次郎になるには、まだ遅くない…よね。

こんな駄文をいつも読んでくださり、ほんとうにありがとうございます…! ご支援していただいた貴重なお金は、音源制作などの制作活動に必要な機材の購入費に充てたり、様々な知識を深めるためのものに使用させて頂きたいと考えています、よ!