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マルチ取引会員家族からの消費生活相談の現状と課題

※この投稿は「消費者法ニュース」136号に寄稿したものです。


はじめに


「今、恐らく、一番マルチ取引に関して詳しいのは全国の消費生活センターの相談員さんなんだと思うんです。」

 令和5年3月30日の衆議院消費者問題に関する特別委員会の中で、河野太郎消費者担当大臣がこう答弁されている[i]。本村伸子議員からの、マルチ取引会員家族のための公的な専門相談窓口を設けることができないかという質問を受けたものだ。本村議員の質問は、同年2月に開催された日本弁護士連合会主催「特定商取引法5年後見直しについての院内学習会」での、被害事例報告を受けたものと思われる。答弁の中で河野大臣は、「国民生活センターによりますと、マルチ取引について、二〇二一年度でございますが、約八千件の消費生活相談が寄せられておりまして、そのうちの約二五%が家族など契約当事者以外からの相談になっております。」という、具体的な数字を示した。

 消費者担当大臣より消費生活センターの相談員が「一番マルチ取引に関して詳しい」と答弁いただいたことは、光栄なことではあり、更に同じ答弁の中で「消費生活相談の充実強化を図っていきたい」とご発言いただいたのは、大変有り難いことである。しかし、この答弁には、消費生活相談情報に関する認識不足があるのではないか。そこで、全国消費生活情報ネットワークシステム(Practical Living Information Online Network System、以下PIO-NET)に登録される消費生活相談情報の入力項目に着目して、消費生活相談における契約当事者以外からの相談情報登録の課題と、消費生活相談窓口での対応の限界について私見を述べる。

PIO-NET情報から見る「マルチ取引」

 PIO-NETとは、「国民生活センターと全国の消費生活センターをネットワークで結び、消費者から消費生活センターに寄せられる消費生活に関する苦情相談情報(消費生活相談情報)の収集を行っているシステム[i]」であり、国民生活センターが2022年10月に公表した消費生活年報2022[ii]によると、2021年度の相談件数は843,664件である。

 消費生活年報には、国民生活センターおよび全国各地の消費生活センター等では、寄せられる消費生活相談について、①相談の主体となる商品・役務(サービス)等を分類する 「商品・役務等別分類」(商品別分類)と、②その商品・役務等の相談内容を分類する 「内容別分類」 によって分けていること、①は1件の相談について1つ選択するが、②は4つを上限として複数選択できることが解説されている。

 PIO-NET情報における「マルチ取引」とは「商品・サービスを契約して、次は自分が買い手を探し、買い手が増えるごとにマージンが入る取引形態。買い手が次にその販売組織の売り手となり、組織が拡大していく」販売購入形態であり、2021年度の相談は8,742件であった。うち20歳代からの相談が43.8%を占めるという特徴がみられる。

図1 主な販売購入形態別にみた契約当事者年代割合(2021年度)
https://www.kokusen.go.jp/pdf_dl/nenpou/2022_nenpou.pdf

 また、相談者と契約当事者の年齢、性別、職業もPIO-NETの入力項目である。消費生活年報によれば、相談者が契約当事者以外である相談の割合は、契約当事者が幼児、児童を含む20歳未満の相談では66.5%であるが、契約当事者が20歳代になると18.4%と減少し、30歳代から60歳代では10%未満である。契約当事者が70歳代以上となると22.9%と増加するが、それらの数字と比べても、約25%が家族など契約当事者以外からの相談とのことである河野大臣の答弁から、他の販売購入形態に比べてマルチ取引の相談は契約当事者以外からの相談の割合が高いと推察される。

図2 契約当事者の年齢別相談者の内訳(2021年度)
https://www.kokusen.go.jp/pdf_dl/nenpou/2022_nenpou.pdf

 消費者問題特別委で本村議員は、マルチ取引会員親族の相談に対する公的な専用の窓口を設置し、実態把握する必要があるのではないかと質問している。その質問に河野大臣は冒頭のように答えたわけであるが、果たして河野大臣の答弁通り、契約当事者ではない親族等に「一番マルチ取引に関して詳しい」消費生活センター相談員に相談いただくことで、被害実態を把握できるのだろうか。

「こぼれ落ちる」家族被害

 PIO-NET入力項目について詳細は公開されていないが、例えば2015年に国民生活センターが内閣府消費者委員会に提出した資料にはPIO-NET入力項目として、購入契約先事業者や信用供与事業者の情報の他、相談者の申し出を60字以内(件名)と500字以内(相談概要)で入力する項目や、相談結果を1,000字以内で入力する項目、商品・役務の名称、ブランド・型式などが紹介されている。
 また、消費生活年報より、相談内容等に関する項目として「架空請求」「虚偽説明」「暗号資産」「痩身」などがあることが記されている。これらは消費者相談の問題点を把握するための項目であり、これら項目の分類は、国民生活センターおよび全国の消費生活センターで共通し、相談員によってPIO-NETデータベースに登録される。

内閣府消費者委員会第14回特定商取引法専門調査会(2015年11月16日) https://www.cao.go.jp/consumer/history/04/kabusoshiki/tokusho/doc/20151116_shiryou1.pdf

 消費生活センターでは、契約当事者の意向をもとに必要に応じた助言やあっせんを行うため、原則として消費者被害に遭った当事者からの相談を受け付けている[i][ii]。マルチ取引会員親族から、例えば、妻が精油を飲めばアトピーが治ると信じて子どもに飲ませている、息子が不当に高額な空気清浄機や鍋セットを借金し購入している、などの相談が寄せられた場合、相談内容を元に、薬効をうたっていることや、料金が高額であることなど、相談内容に関する問題点を登録はできるだろう。しかし、マルチ取引をやめさせようとして夫婦関係が悪化してしまったことや、マルチ取引をやめようとしない息子の将来を案じる気持ちを、分類できるものではない。そして、契約当事者に解約や取消しをする意向がない場合、家族から「解約させたい」などの要望に━それがどれほど切実なものであっても━応える術はないのではないだろうか。

 マルチ会員家族からの相談に、消費生活センター相談員にできることは、苦情相談内容の把握分析し、その取引類型が連鎖販売取引や訪問販売、電話勧誘販売などに該当した場合、特定商取引法に基づく申出制度について説明し、国や都道府県に適切な措置を求めることができると助言することだろう。もちろん、問題点をPIO-NETに登録することが行政処分に繋がっていると説明もさせていただく。しかしそれは、家族の精神的、金銭的被害を回復するものではなく、PIO-NET入力項目は家族の被害実態を把握できるものではない。

おわりに

 消費生活相談員に向けて、霊感商法におけるマインドコントロールの概念を教える研修を行った西田公昭教授は、”被害者側が相談機関を利用しても無駄だと判断する事態が最も危険だ”とし、「消費生活相談員は『決して突き放さず、相手からじっくり話を聞く』という本来求められている姿勢を改めて徹底してほしい」[iii]と呼びかけている。マインドコントロールの手法を駆使するのは霊感商法だけではなく、マルチ取引にも同根の問題がある。『決して突き放さず、相手からじっくり話を聞く』ためには、河野大臣の答弁のように、消費生活相談の充実強化を図っていくことはもちろん必要である。しかし、それだけではなく、PIO-NET情報分析からはおそらくこぼれ落ちてしまっている、本特集に寄せられたような契約当事者ではないマルチ取引会員家族の精神的、金銭的「消費者被害」救済のための、法制度の検討が必要ではないだろうか。


[i] 第211回国会 消費者問題に関する特別委員会 第3号https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/019721120230330003.htm(2023年5月1日閲覧)

[i] 国民生活センター PIO-NETの紹介 https://www.kokusen.go.jp/pionet/index.html(2023年4月25日閲覧)

[ii] 消費生活年報2022 https://www.kokusen.go.jp/pdf_dl/nenpou/2022_nenpou.pdf

[i] 東京都 相談に当たっての留意事項

https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/sodan/point.html

[ii] 大阪市 消費生活相談のご案内

https://www.city.osaka.lg.jp/lnet/page/0000370871.html

[iii] 消費生活センター、相談員にマインドコントロール研修

https://www.sankei.com/article/20230411-FDW4TNBUTVJRLGOMOJOONZXAOI/