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【創作大賞2024・お仕事小説部門、参加作】生か死か 第1部、ウィルス

あらすじ
医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田つみだ医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった・・・


本編


第3話 LRTI

次の日には同じ症状の患者が5人来院した。
症状が喉の痛みで扁桃に若干の腫れがあるという事、全員が喫煙者である事から不信感を抱きながらも明確な診断としては喫煙による扁桃の炎症と判断するしかなく扁桃炎と診察した。
摘出も視野に入れ、帰り際に症状が悪くなったら時間外でも診察するからと伝えることしかできなかった。

「扁桃が異常に腫れてるわけでもないあの程度の腫れはごく自然に発生する。ましてや膿などは見当たらなかった。摘出手術をしないからと言って死亡する事はほぼ無い。しかし、そのあり得ない事が今起こっているのかも知れない・・・」

積田は不安なまま診療を終えた。

その夜来院した5人のうち4人が息を引き取った。
積田医師は、早急な対応策としてLRTIのワクチンである肺炎球菌ワクチンを発注した。
今回の4人は20から30代の年齢層で成人してからの喫煙歴。
どう考えても喫煙が死亡原因ではないと判断できる材料だ。

「症状ではLRTIだが新たなウイルスでも発生したのか?」

積田医師は、机のパソコンで医学ネットワークにログインし、全国土の症例を検索すると同じ症例を挙げている病院が複数見つかった。 

「この件数から行くと現実は3倍以上の件数があるかもしれない。高山先生のところはどうだろう?。」

検索結果は該当なしだった。

10年前にこの西町に自分の意志で診療所を開所した。
積田は未婚ではあるが趣味のバードウォッチングでこの西町を訪れ、親との縁を切ってまでして移住して来た。
根付くという言葉通り地域の為に心血を注ぎ続けている。
患者の無い時間には隣の椎茸工場に出向き、パック詰め作業を手伝う時もある。
医師という職業柄、手先が器用なのかパックのビニールの張りが周りのパートに比べしっかりしていると周囲の評判もいい。

積田は研修医として在籍していた事のある高山南医療大学病院の院長である高山たかやま 佐美恵さみえに連絡を取った。
受付に電話を入れ名前を述べると佐美恵先生は快くすぐさま電話を受けてくれた。
「5人の喫煙者が連続してとは尋常ではないわね。」

佐美恵は、高山南病院理事長の高山剛健ごうけんの一人娘で、彼女が生まれる前から剛健は娘に高山南病院を継がせる事を決めていた。
生まれたのが女子であったが迷うことなく佐美恵に英才教育を行い、国外の医大へ留学させ全国土一と言われるほどの優秀な医者に仕立て上げた。
佐美恵は剛健の強引な教育方法にも関わらず、この国土の医師を纏め上げるほどの人格を培っていった。   
もしかすると生まれた時からその人格はあったのかもしれないと殆んどの医師は思っている。
彼女の結婚相手には様々な医療関係者からのアタックがあったが、佐美恵のお眼鏡に叶ったのは婿養子である常行つねゆきだ。
良くある病院との違いは夫の常行の仕事が医療関係では無く、IT会社の取締役社長であった事だ。
高山佐美恵は家柄などの風習などに囚われない開けた医師として、この国土の頂点にある病院の院長として信用が厚い。
常識がないと思った人も少なく、佐美恵先生ならば有り得る相手だと思った人が多かった。


「うちでも呼吸困難になり死亡する患者が倍々で増えているの。」

医療ネットワーク情報に上がっていないのは原因究明が出来ていない事が理由だ。
佐美恵ほどの立場になると軽々しい情報漏えいは出来ないからでもある。
絶対的な信用を置いていた佐美恵の不安そうな言葉に、ますます積田は自信を失い、診断を誤っていたかもしれないと思い佐美恵に聞いてみた。

「その診断名は何でしたか。」

「殆んどがLRTI、ただうちの患者には喫煙者はいなかったわ、それに診察時には、死亡するほどの症状には思えなかったわ。」

佐美恵も自身の診断に間違いがあったのかも知れないと内心冷や汗を感じていた。
積田は大病院の高山先生でも分からない症例だと聞き、小さな診療所ではどうにもならないのかも知れないと諦めかける自分の心の弱さを奮いたたせ、「医者が諦めていては命は守れない」と自戒し、医師としての意識を再び持ち上げ佐美恵に問いかけた。

「矢張り処置はPCVですか?」

積田は自分に確信を持つ為、そう佐美恵に尋ねた。
答えは「イエス」だった。
全国土から信頼の厚い大病院の院長の言葉として積田は安堵した。
だがすぐに自分の気持ちに鞭を入れ死亡者が出た事を後悔して止まなかった。

命の責任、それは生きている人間が考える死というものを一番理解している医師であるからこその後悔だった。



蛭田家のテレビは日中ずうっとつけたままである。
老人二人の家庭にはテレビから流されるCMやバラエティーなどから流れる若い男女、子供の声を聞いているだけでも寂しさが紛れるのである。
 二人には息子が一人いる。
蛭田ひるた 少太郎しょうたろう、田舎暮らしを嫌がって都市部へ就職した。
小中と何の疑いも無く将来、廃り続ける原木の巻き返しを少太郎も少佐郎と誓い合っていた。
中学三年の卒業文集には自分の土地に駒菌施設を作り、自分が開発した椎茸を売って家族と共に新しい椎茸栽培をしたいと綴っていた。  
そんな彼が都会に出ていく事を決めたのは四駄郡にまだ都会の人流が流れ来る前だった。
少太郎が嫌だったのは田舎特有の血縁ネットワークだった。
蛭田の子という独特な表現方法が、一個人として生活したい少太郎には耐えられなかった。
父、少佐郎の跡取りとして一生を椎茸に捧げるそれが血縁ネットワーク界の常識なのだ。
しかし、当然の如く見るテレビに彼は感化されていった。
同じ年代の人間が都会でやってる事は、血縁に縛られた親の跡では無く、田舎に残した親を喜ばせる自分と言う個人の名声という事に少太郎の心は大きく動かされていった。


第4話 ライノウィルス

「この村にいては人生が死んでしまう。」

少太郎はそう考え家を出て行く決心をし、両親には告げず実家を後にした。
子供の選ぶ人生を否定するような親ではない事は分かっていた。
賛成したかもしれない。
だが、それまで一蓮托生として生きてきた父と母に只申し訳ないとしか思えなかったから家出と言う形をとった。
同級生のほとんどは実家の仕事を継いでいる。
自分というものがしっかり見えているのかもしれない、そういう考えが少太郎の心の片隅にはあった。
それ以来帰省は一度もない。
その後、同級生の跡取りたちも農業の衰退とともに都市部へ流れていった。
四駄郡は高齢者率50%の限界集落へと一歩ずつ近づいていった。

トマキは出て行った息子、少太郎の事を何時も考えてはいるが二人共が寂しくなるだけだと口には出さない。
勿論、少佐郎も同じ気持ちだと分かっている。

「このままわしらは死ぬのを待つしかないん。少太郎だけは生き残って貰えるようかみさんにん願うかや」

トマキは自分の命と引き換えにと念じた。



西町診療所の積田医師は次々と来院するLRTIの患者に追われ、打つ手がないまま1週間が経過した。


「それではレントゲンを撮りましょう」

日を追うごとに原因を突き止めるべく奔走していく。
レントゲンは小規模な病院などでは手間を取る。
ボタンを押せば写真は簡単に取れるが、そのボタンを押せるのは医師に限定される。
看護師で済む仕事をわざわざ治療をする医師が対応しなければならない。
診療放射線技師法と呼ばれるものだ。
診療放射線技師がいない病院はかなり負担な仕事と思える。
それは核のボタンを押すのが各国のトップの人間に限られているのと似ている。

積田はさらに採血、採尿と小さな診療所で出来うる限りの事を行いこの症例の原因究明に努めた。
一つだけ全ての患者に共通の因子が見つかった。
それは、気道が健康な人に比べ萎縮している事だ。

「やはりLRTIに近い症状がある事は間違いない。」

積田は信じられない自分を否定し策を考え抜く事が大切だと考えるようにした。

「もう一度高山先生に。」

スマホを手にし、前回登録させてくれた高山南病院の佐美恵に直接電話した。
 

「丁度いいタイミングで電話を頂いたわ、実は・・・」

佐美恵は積田に連絡するところだったと伝えこう言った。

「この症例は全国で発生していて、いえ、全国土で起きてるの。それで医療機関ネットワークを使って緊急医師会議をする事になったわ。積田先生にももうすぐ連絡が入ることと思います。」

積田は佐美恵の言葉を受け、医師会からの連絡を待つと同時にパソコンから独自に作成したデータベースを立ち上げた。
表には症例名、発生年月、ウイルス名、起源国土、氏名、発言項目、ワクチン名、感染者数、病状、検査方法等30項目余りを、開発したソフトを駆使し5分とかからないスピードで作り上げ、会議が始まるころにはすでにホームキーに手を置いて待っていた。


「現在起こっている症例について医師会議を行いたいと思います。」

全国土医療機関長のアーネストグリーン氏の履歴書写真の様な動画を全ての医師がパソコンのモニター越しに注目した。
高科学研究所のウイルス検査道程を細かく述べた後「故にこのウイルスをLRTIⅡ型と名付けます。」と決定づけた。
積田はアーネスト氏の英語をパソコン翻訳しながらLRTIⅡ型の特徴、身体への影響、外的内的な変化のデータを全てパソコンに入力しデータを表に反映していく。
医師の中には自分の隣に事務方を置き、入力させる者もいた。
積田は自分独自のデータベースシステムを作りたいと自身で行う。

かつて積田はIT会社の取締役社長をしていた。
しかし、自社開発のシステムソフトウェアに海外からのハッキングが相次ぎ信用を落とすと同時に会社経営が苦しくなった。
社員の生活を守る為、大手IT企業に吸収される道を選んだ。
社長の立場を辞した積田は医学を学び開業医となった。
吸収した大手IT企業とは高山佐美恵の夫が経営する会社だ。
それが縁で佐美恵と出会い医師の素晴らしさを知りそのきっかけとなった。

「細菌名をライノウイルス1007αとします。最初の感染者、男性25歳は既に高科学研究所に収容しており細菌のサンプルを採取済みです。抗体開発は、現在80パーセントの進捗です。それが完成すれば全国土で開発中の抗細菌拡散装置で散布が可能となります。」

アーネスト氏は興奮気味に説明を続けた。

「ライノウイルス1007αは、空気感染が主流と思われ検体者の皮膚に付着している菌が採取されています。付着したウイルスは上皮から侵入し、たんぱく質を栄養源にして体内で増殖します。増殖したウイルスは体内の水分が蒸発することで他の媒体へと向かうという事が分かりました。最初の感染者の住まいである、イドメカ市周辺の空気をMZPCR法で検査したところ5.9KPという高い数値を検出しました。この数値から市内全域にウイルスが蔓延し、全員が死と直面していると思われます。」

それを聞いた医師の面々は誰しもが厄介だと思った。
飛沫や接触による感染ならば、マスクや消毒で防ぐことは可能だが、空気感染となるとどうやって防げばいいのか?

「なお、LRTI Ⅱは38度で変異し、上皮侵入力が無くなる事が分かっています。各国の気温によって患者への予防の呼びかけを工夫して頂きたい」

モニター越しの高山佐美恵は我が国であれば季節は春先、気温の上昇はまだ早い段階、かなり厳しい表情だ。
積田はワクチン完成までの代替について質問した。
殆んどの医師も同じ考えだ。
別の医師から抗RSウイルス人化モノクローナル抗体のパリビズナブが提案されたが大人への治験が終わっていない為、肺炎球菌ワクチンの使用を推奨された。
結局、医師たちが考える事以外の良策は無かった。
それにもまして肺炎球菌ワクチンの効果は59パーセントの効果が精一杯だと結論付けられた。

積田の頭に地元の事が浮かんだ。
原木椎茸農家の中に菌床栽培を兼業している会社がある。
菌床はオガコと呼ばれる木材粒子と栄養剤を混合し成形した媒体に椎茸菌を接種し培養をする。菌糸が伸び媒体を侵食することで子実体を形成する。
その子実体が椎茸なのである。
接種作業の際に環境が整わないと培養段階で黴が発生する場合がある。
もともと椎茸は黴の一種で食用黴なのであるが椎茸に外敵となる黴は取り除く。
その中にぺ二シリウムという黴がある。
ペニシリウムはペニシリンの原料となる。
1928年にアレクサンダーフレミングにより発見された青カビである。
他にも土の中にいる真菌や放線菌から抗生物質を発見した研究者がいた。
ペニシリンは抗肺炎球菌剤として用いられる。

「然し、空気感染だとすると抗肺炎球菌ワクチンを殺菌された場所で打たなければならなくなる。うちの診療所では難しい。いや、待て、インフルエンザワクチンは全く効果が無いのだろうか?インフルが、壁を作っている間に肺炎球菌ワクチンを打てば何とかなるのではないか?接種の段階で室温を38度以上に保てば何とか。」

積田は、もう一度ネットワークを通してアーネストに質問した。
だが、「ウイルスの相違が顕著に表れている為、HiBは推奨できない。」とのことだった。
つまり空気感染が大きな壁になっているという事だ。

「環境だけで対応できるような弱いウイルスではない。」

その答えは積田の意図する事ではなかった。
彼はPCVを打てる状況を作りたいだけだった。
全体主義のお偉いさんに無菌室の無い小さな診療所の話をする方が無理があると思い直し、自分を信じてみることにした。

「全ての住人がインフルを摂取しているかデータを見直そう。」

積田は早速、自分の患者の電子カルテを収拾した。
インフルエンザワクチンがどの程度持ちこたえるのかも分からないままだ。

「移住組のデータが全て集まればいいが・・・」

不安な気持ちを何度覚えれば安心感は訪れるのか?
誰にも分からないだろう。
積田の心に究極のストレスが掛る。
 


 



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