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【創作大賞2024・お仕事小説部門、参加作】  生か死か 第3部「四駄化学共同研」     

あらすじ
医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田つみだ医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった・・・


本編


第1話 地元民

「現在、四駄郡人口3058人、うち死者1005人。
死者のインフル接種無しが842人、郡内に肺系の持病を持つ人は291人、死者3人という事は一慨には言えないが、持病との関連は薄いと考えていいだろう。インフルは紛いなりにも壁にはなっている。とてもとても薄い壁。データはないがそれ以外にAPWがフォローしているとすれば・・・」

積田のデータベースには四駄郡の全ての情報が組み込まれている。
それは自身が郡に自ら出向きこれからの施療には地域連携が欠かせない事を説得し相談し意見をぶつけ合って郡の担当者会議にも出席して決議がなされた。
全ての住民同意の上出来上がったデータシステムだ。
勿論情報は団体ばかりではなく住民の家庭に一台タブレット端末を無償レンタルし共有している。
タブレット端末は積田がIT会社の時にお世話になっていた人達からの支援だ。
個人情報保護の観点を批判する意見は全く出なかった。
それほどコミュニティーが確立し、行政との信頼関係、それと積田の四駄に対する姿勢が噛み合った結果だった。

自然界に融け込むという事は互いが生きるために必要だと認め合う事なのだ。

もう一つ積田が過去に失敗したハッカーの問題があった。
もしハッキングがあれば四駄郡が壊滅する状況にもなりかねない。
そこで積田は独自で小規模のスーパーコンピューターを開発し、四駄ネットワークを使う端末は全てこの地で処理するシステムを考え実行した。
そうすることで外部には分からないネット環境が整ったのだ。
積田はAPWの情報を行政に出向く形で集めることにした。
行政側はワクチンの効果の面では口が軽かった。
だが、欠陥事項に関してはどうしても言えないと突っぱねられた。
営業マンの経験は無かった積田だが、すっぽんの様に噛みつきながら離さなかった。
しかし、聞き出すことは出来なかった。

「今、住民の半数の命を支えているのは、この地特有のAPW感染予防ワクチンだ。自然と共に快適な生活を維持するため地元研究所で開発した。やぶ蚊の大量発生や蜂、山ネズミ、蛇、どんな外的要因にも体内の酵素で人的被害を防ぐ。APW接種者には年齢に関わらず死亡者が無い。この10年で都市部からの人流が増えたが、その間は接種が止まったままだ。」

積田は坂柵医師と情報を共有し、坂柵の意思もあり二人で地元研究所、四駄科学共同研に向かった。
勿論、APWワクチンを再生成する為である。
 

「しかし、何故APWは生産を止めたのでしょうねぇ。」

坂柵は積田の説明からここの土地に住むにはこのワクチンは有効であると思った。
彼も積田と同時期に北町に就任したが都会暮らししか経験が無く、山林特有の虫の多さに恐怖心さえ覚えた経緯がある。

「データにあった欠陥事項の為とは何なのか、情報開示をしている関係者もこの部分だけは口に裁縫でもしているようでした。まだまだ我々は地元人とは思われていない部分があるようです。」

と積田は少し焼き餅を焼いていた。

「しょうがないですよ、幾ら形式を積み上げてもその地で生まれた命でないという事は地の者ではない、それがこの国が作った地元人の意味です。」

坂柵は特にそれを求めていないという言い方だった。


第2話 荘厳な遺跡

 四駄化学共同研は最盛期の面影は既に無くし、現在は都市部からの移住組3人が菌床椎茸の種菌作りを中心に研究を行っている事はデータシステムにより分かっている。
 積田、坂柵二人の医師は研究所に着くと大理石調の山と森を露わしたモニュメントが二人の目を麗わせる。
エントランスの一番後ろに立ち視界を建物の全域に注いだ。
全体が白い壁で覆われロマネスクを思わせる。
玄関は両側にアカイア式の様な唐草模様を施した円柱を持ち、荘厳なローマ遺跡に感じられた。
研究という聖域を一点の曇りもなく守っているような穢れの無さを感じた。
正面の巨大な射光ガラスは長年の自然との闘いで敗れ去った騎士の様に薄汚れている。
それは敗者の積年の恨みの為に悪魔に生贄として捧げられた人々の血液にも思えた。
神と悪魔が共存する、人間が絶対に足を踏み入れてはいけない場所のようだった。
積田、坂柵両名はカラカラに乾いた食道に生唾を力の限り流し込んだ。
恐る恐る押すのシールを確認し入り口のガラスドアを開ける。
正面に受付、然し既に機能していないらしく内部照明の蛍光灯が無い。 
外観では分からなかったが内部に入ると鉄筋コンクリート構造である事がむき出しのモルタルから窺えた。
内壁のあちらこちらにコンクリート腐食が見受けられる。

「なんちゃってでしたか。」

坂柵はこの建物が低コストで作られた城まがいだった事にほくそ笑んだ。

「郡にバチカン宮殿は無理でしょう。」

積田も同じ事にほほ笑んだ。

その事が二人にとっては緊張感を和らげる事になった。
受付を中心に左右にカーブ階段がある。
二人は纏まって右の階段を上がる。
一段目の灰色モルタル壁には矢印と2階研究室のプレート表示がある。
階段を上がって行く途中、見た目以上に長く感じ二人共運動不足を感じた。
2階に上がるとセキュリティーを重んじた中廊下を挟んで第一から第五まで五つの研究室がある。

「さすがに経費を掛けずに廊下は出来なかったみたいですね。」

坂柵はなんちゃってを脳の中で反芻した。

「それはさすがに無いでしょうね。」

積田も人体の研究施設で侵入者が入りやすい構造にはしない事は知っていた。
赤色蛍光灯が侵入を躊躇わせる。
長さは30メートルほどでカーペットが張られているが赤色蛍光灯の明かりで色の判別は出来ない。
向かって左側の一部屋のドアが少し開いておりそこからLEDらしき灯りが見える。
白色に吸い込まれるように二人が歩いて行くと第二研究室のネーミングプレートがドア横の壁に貼ってある。
全体にチェス盤が施されたドアを開けると抗菌ビニールカーテンが壁の様に張り巡らされていて、その中に霞が掛ったように薄っすらと二人の影がある。

「すみませんが。」

積田が遠慮がちな小さな声でビニール越しに呼ぶと、シャッという歯切れのよい音とともにビニールカーテンが開き、メッシュ頭の男が笑顔を覗かせた。


第3話 精製準備

 「はいっ、どちらの農家さんですか?」

どうやら積田達は、椎茸農家と勘違いされたらしい。

「それにしても簡単に外部の人間を受け入れるものだ。開けるタイミングも早かったな。」

坂柵は呆れ顔になった。
その理由は簡単な事だとカーテンを潜って分かった。
ドア横に張り付くようにテーブルとパソコン、椅子があるのだ。

「なるほど、侵入者も捕まえられるか。」

坂柵の中にある甘い考えが消えていった。

「いえ、私達は・・・」

積田が名乗ろうとするよりも早く研究員の男が先走る。

「積田先生に坂柵先生。」

驚きと不思議さが入り混じった顔で言った。
3000人しかいない群落にしてみれば、二人しかいない医者を覚えていない方がおかしな話だと二人共意外な感想は無かった。
驚き顔の研究員は袴田はかまだ 竜樹たつきと名乗った。
袴田は二人に事務用椅子を勧め自分は空いている事務机に腰掛けた。
あとの二人の研究員はそのまま作業を続けている。

「この大変な時に椎茸の話でも聞きに来たのですか?それとも菌床栽培に転職でも?」

あけっぴろげな性格らしく礼儀が感じられない言葉だ。
当然、袴田もLRTIⅡ型に感染しており、死を恐れない人間にとって礼儀や遠慮などは無縁なのである。
たが、積田、坂柵両名とも大志を持って仕事に取り組んでいる為、細かい所が全く見えない。
それよりもAPWワクチンの製造が可能なのかが知りたかった。
答えは「ノー」だった。

袴田によるとかつての研究員は全て都心の研究所に転任しておりAPWワクチンに関する資料は全てシュレッター処理されたと語った。

「何故資料は廃棄となったのですか」

積田は残念な気持ちを隠さず歯がゆそうに聞いた。

「簡単です。このワクチンは常にバージョンアップされていったんです。その過程で住民の一人が副作用によって死亡した、その時に郡の行政機関から製造中止命令が下されました。」

「一人だけですか。」

坂柵は不思議そうに聞いた。

「ええ、たった一人と考えればそれだけでとなるでしょう、そうでなかったのは四駄郡の住民への思いがあったんです。」

袴田は当たり前の話だとした。

「行政のですか。」

積田は悟っている様子で問うた。

「四駄郡は一体という言葉を崇拝してるってことです。都心で考える全体的な考え方をしない。一人一人の住民を大事にするってことです。我々がここに来たのもその考えに同調したからです。だから欠陥のある研究資料はいらないんです。私はその時の一研究員の弟になります。兄は都市部へ移動する前、この町に唯一忘れ物がある。お前には分かるだろう、そう言ってました。」

彼の兄はこの村で奇跡を起こしたかったのかも知れないそう積田は思った。
資料以外にも当時の研究資材も無くなっていた。
絶望感を二人は覚えていたが積田の何気ない一言が希望の光を灯した。

「お兄さんから研究の話は聞いていないですよね?」

袴田の顔色が明るくなったように思えた。

「兄の悪い所で自慢話は良く聞きました。」

袴田の薄笑いでの呟きに坂柵が間髪いれずに言う。

「それは研究の内容を聞いたという事ですか?」

袴田は今度は戸惑い顔で頷く。

「研究開発が順調に進むのは自分の功績だとよく言ってました。」

積田も坂柵もアドレナリンが潤滑油となって脳の働きを促進させているように様々な思考の準備を始めている。
積田は自分の現在持っているウイルス沈静化の情報を袴田に話し、協力を求めてみた。
袴田は不安になりながらも、死亡する人間を見捨てる事は自分がこの場所にふさわしくない人間となる事だと考え協力を渋々了承した。
話を聞いていた、男性と女性の研究員も協力することを決めてくれた。
男の方は帆高 洋次ほだか ようじ、女は馬嶋 紗希まじま さきと名乗った。
袴田は自分の持っているAPW情報を一言一句相違なく二人に伝える。
彼もまた兄に劣る事のない研究者である事を窺わせる内容だった。

「しかし・・・」

積田は肝心なものが欠けている事に気付いた。

「誰がワクチンを作るかだ。」

袴田は自分には人体に関わるものは到底出来ないと断った。
椎茸菌は失敗が効くが私の作ったワクチンで人が死んだらと責任の重さに耐えきれない様子だ。
しかも兄から話を聞いただけで現場に入った事も無いと受け付ける余地は無さそうだ。
帆高、馬嶋両名の研究員も袴田に倣った。

「そうなると坂柵先生しか・・・」

積田は坂柵がかつて研究畑にいた事を四駄郡ネットデータで確認している。
坂柵の表情には迷いが感じられなかった。
気持ちが通じているように二人は頷き合う。
積田は袴田に説明を反復させながら坂柵が開発する事を提案した。
重い責任ではあったが正義感の強い袴田は決心を固めたようだ。
残りの人間は坂柵をサポートすることに賛成してくれた。
五人とも問題を抱えながらも道はワクチンの完成一本で意思が繋がった。

「機材はどうしたら。」

袴田の顔がまた曇る。

「それで行きましょう」

坂柵の人差し指は菌床研究している分離器、攪拌用品、ガラス容器、シャーレ、ビーカー、フラスコなどの研究用品を指していた。
袴田の喉仏が上下する。
同時に坂柵はあるものを見て目を丸くした。

「AFMを使ってるんですか。それに血管スコープも」

原子間力顕微鏡AFMはナノスケールでの観察が可能だ。

「兄の置き土産です。」

袴田は兄への尊敬の念を顔に現した。
坂柵はワクチン開発が滞りなく準備できている事を悟った。
しかし積田だけは迫る危機に焦りを覚えていた・・・



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