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日本の自己啓発本によくある「声に出した言葉はいずれ必ず叶う」の、脳科学的な答え

この記事は前回書いたマクロの脳科学記事のおまけで書いた部分であり、クオリティーが有料のそれではなかったため、無料で公開するに至ったものである。

脳科学記事の流れとしては


■脳科学記事一覧

  1. 大人になったあとも一生脳を鍛え、頭を良くする勉強法

  2. 感情系脳番地の有効活用と、富裕層の一風変わった、脳を高性能化させる習慣

  3. 今回の記事

「1」から読まないと、専門用語の説明を省いているため、理解不能になる。

また、今回の記事は、「2」の有料記事の巻末に載せるはずの記事だったが、クオリティーがそこまで到達しなかったため、無料で公開した。

3,600文字ほどある。

では、記事本文スタート。


☆☆☆




脳の段差理論とアウトプットのためのインプット

これは、前記事で書かなかったおまけトピック。

脳の高性能化と比べるとそれほど大切でもなかったため、おまけにした。

参考程度にしていただけたらと思う。

まず、脳の段差理論。

脳科学の論文には必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。

それは、自分のやりたいこと、成し遂げたいことや願望は、必ず声に出すこと。

声に出すと脳はその通りに動き出す

という論理。

日本の自己啓発本で提唱される、なりたい自分になるために、それを声に出してみよう!

とかいうアレ。


私はこれをあまり信憑していない。

だからそのアンチテーゼとして段差理論を作り、脳科学者の言説の補完をする。

なぜなら、自然科学者なのにあまりにカルト的だから。

社会を見ていない。

ここは社会科学の範疇なのだ。

社会のなかで物事を達成できるかどうかというのは。

自分オンリーではない、社会には競争相手がいるのだ


脳科学者は「声に出せば願いは叶う」と言うが、その過程を一切説明していない。

統計も取ってない。

数理的にどれくらいの確率で、どれくらいの人間が、言葉に発したことを達成できたのかのランダム化比較試験をしていない。

この理論には段差がある。

乗り越えられる人と乗り越えられない人がいる。

が社会科学的な解答。

という個人の言説と、その段差について説明する。


たとえば、50歳すぎて「東大に合格する」と声に出して言っても、その人は段差を乗り越えることができない。

毎回初見の問題しか出題されない東京大学2次試験の場合、どんなにその方向性に脳を最適化させても、前頭前野の性能が低ければ、毎回落ちるだけである。

脳科学者の言う通り、自分の願望を声に出すと、脳はその方向性に動き出す。

出しはする。

しかし、段差があまりに大きいと、それを乗り越えることはできない。

ほとんどの人がその大きな段差に躓(つまづ)く。


脳科学者は「声に出せばいずれ願いが叶う」と自己啓発本みたいなことを言う。

色んな論文にそれが載っている。

しかしそこには段差があるのだ。

現実を見なければいけない。

社会を見なければいけない。

それが社会の科学。

社会科学である。

自分の能力とあまりに乖離した目標は、たとえ、声に出しても、その願いは叶わない

が、経済学徒にとっての自論。

社会科学側の答えである。

ただし、声に出して言ったことは、段差さえ低ければ必ず乗り越えられ叶う。

それは、社会科学において、こういうときに発生する


■こういうとき

  • いつか海の見える街に住みたい

  • イトーヨーカ堂が好きだから、ヨーカドーのある街に住みたい

こういう願いは、声に出すことで必ずと言っていいほど叶うし、あなたの脳は、声に出したその日から、その方向性に動き始める。

最適化される。

将来あなたが取れる選択肢のうち、その選択肢の方向に人は動いていく。

たとえば、3年後,5年後転職活動をしているときに、転職先に内定し引っ越すとなった際、候補地が2つあるとする。

一つは最寄り駅の近くにイオンがある物件。

もう一つは駅前にイトーヨーカ堂がある街のマンション。

同じくらいの家賃であれば、あなたは必ず後者を選択する

脳は声に発して言ったことの通りに必ず動き出す。

将来その選択肢があると必ずそれを掴もうとする。


声に出して言ってから5年後、不動産屋へ行った時、転職先の会社から近くて、駅前にイトーヨーカ堂のある最寄り駅の物件ってありませんか?

という質問を必ずと言っていいほどする。

この様に段差が低い場合に限り、声に出すことで、将来あなたの願いは確実に叶う。

アイドルと結婚する。

ノーベル賞を獲る。

など相手が居たり(相手はあなたを嫌いであったり、別に好きな人が居たり、あなたに眼中がないかもしれない、それ以前に、あなたを知らない、認知すらしていないかもしれない。自然科学は相手の意向を無視するが、社会科学におけるミクロ経済学のゲーム理論はむしろ相手の意向ありきであり、それに先回りして対応するのがこの学問の特性であり、相手の意向を最重要視する学問である)荒唐無稽な願いを声に出したとしても、将来選べる選択肢のなかにアイドルと結婚できる選択肢のある人は稀だし、国内トップレベルの科学者でないとノーベル賞を受賞するのは難しい。

段差がなければ、あるいは、低ければ、将来在宅で働く選択肢が選べた時、あなたは必ずと言っていいほど3年前5年前に声に出して言った「海の見える街に住みたい」「ヨーカドーのある街に住みたい」を叶えることができる。

将来選べる選択肢のなかでという条件付きだが(脳科学の論文はここを端折ってる、過程が書かれてない)、あなたが声に出したその言葉の通りに、脳は自分をその方向に動かす。

これが段差理論。

少しカルトっぽいため、自然科学者の言説を、社会科学側で肉付けした。


アウトプットのためのインプット

もう一つは、アウトプットのためのインプットについて。

ワシントン大学のジョン・ネストイコ博士らが脳の緊張感と記憶力のためのある種の実験を行った。

それは、56人の大学生を3グループに分け、戦争映画を見せる前にこう言った


■戦争映画の前に3つのグループにネストイコ教授が言った言葉

  1. 映画を観終わった後、他の人に、この映画について説明してもらいます

  2. この戦争映画を観終わった後、小テストをします

  3. 特に何も言わない

戦争映画を観てもらった後、戦争についての感想文と小テストをしてもらったところ、1のグループがもっとも成績がよく、映画を観てもらう前に何も言わなかった3のグループの学生がもっとも成績が悪かった。

感想文では拙い文章しか書けなかった。

3の人たちは、頭に戦争映画についての詳細が入っていないことが伺えた。

この実験結果から分かることは、脳は、目的のあるアウトプットのためのインプットである場合、緊張感を持ってインプットしていることが明らかになった。

何かを学ぶ際、なんの目的もなく学ぶことと、学んだ後それをアウトプット(出力)する目的、たとえば、学んだスキルを活かすため資格試験を受験したり、学んだことを人に教えたり、獲得した知識で昇格試験を受けたりと、人間の脳は、無目的で学ぶ行為より、その後アウトプットすることが前提でのインプットであればあるほど、緊張感を保持しつつ脳にデータを取り込み、記憶に定着化させようと努力する性質がある。

脳科学においてこれを「出力強化性」と呼ぶ。

何かを学ぶときはそれを将来使うことを見越をして、将来使うことを意識して学ぶ。

インプットする。

そのほうが記憶に定着させやすく、インプット時、脳が高性能に働いてくれる。

インプットをするのであれば、アウトプットのためのインプットが望ましい。


高校生の頃から

  • 高校を卒業したら、難関理系国立大学の電気通信大学の電子工学科へ行って電子・光デバイスの集積回路について学び、将来は日本を代表する研究者になりたい

こういう人間は学びの目的意識が具体的で、かなりはっきりしており、その人の脳もその人の期待に答えるべく最適化される。

そのため、将来伸びる学生になる。

目的意識を持って勉強している学生は成績が伸びる。

それはその子がなんのために勉強しているのかを理解しているから。

一見意味のない古文や世界史をなんのために勉強しているのかを理解しながら勉強している、そういう子は伸びる。

脳科学的にはこれが立証されている。


何も目的意識がなくダラダラ生きてる人間と、明確な目的意識を持ち、それを声にして発し、言った言葉に沿って生きている人間とでは、その人の脳の作りがまるで異なる。

土地家屋調査士になって年収1,000万円を得たい、測量士になって非正規を脱し、高所得を獲得したい。

そのために難関国家試験の勉強をしている。

こういう目的が明確な人間は、脳がそれに対応するため、脳は高性能化され、その難関国家試験の勉強に最適化され(最適化されるまでの勉強時間量は「1」の有料記事で書いた)、学習効率が上昇する。

目的意識を持って生きる人間は魅力的だし、それ以前の問題として、脳科学的に脳の性能をフルで引き出している

目的意識を持ち、それを声に出して宣言するのは、脳科学的に有用。

長期の目標と人の人生の変化については、下記エントリーで記述済み。

関連エントリー:スキルアップやキャリアアップのために、長期の目標は立てたほうが良いのか?

(おしまい)


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