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父との距離は書店の距離

本を読むきっかけをくれた人


本というと真っ先に思い浮かべる存在

父とは最近になって、親しくなった。
年齢を重ねてから、普通に話せる存在になったが、元々はとても怖い人だった。
幼少期は、本当の父だとは思えないほど怖かったため、「お父さんって、本当のお父さん?」と直接聞いたこともあった。その質問をするために、何日もなやんだ記憶がある。

母は、私が5歳の頃に家を出た。
両親の離婚によって、私は、大人というものが信用できなくなっていた。
大人はみんな、当たり障りのない嘘をついては、その場をごまかして生きている。
それがなぜか、幼少期の私には透けて見えた。
子供全般がそうとはいわないが、子供というのは、嘘をつくと嘘で返してくる。もちろん、逆の場合は、逆になる。
だから、多くの大人から、嘘やその場の言葉でごまかされていた私は、平気で大人に対しても嘘をついてきた。

しかし、父だけは違った。
私の質問に真正面から向かってくる。
父には、生きていく上での“芯”のようなものがあった。
もちろん、幼少期の私にはそんなことまでは理解できない。しかし父には、他の大人にはない、“うわべだけの言葉”というものがないということを察していた。その場を取り繕うような言葉はなく、いい意味でも悪い意味でも、白黒ハッキリとしていた。

今の父に聞くと、「悪気はないんだが、思ったことをハッキリと言ってしまう」ということらしい。
多くの友人、知人に話すと、必ず言われたのは、「よくグレなかったね」という台詞だ。昭和であった当時、家庭に問題がある子の多くは、『グレる』というひねくれ方をしていた。
しかし、私にそれがなかったのは、子供に対しても真っ直ぐ向き合った、裏表のなかった父のおかげだろう。真っ直ぐには、真っ直ぐに返したいものなのだ。

そんな父から教わったことで、一番影響力が強かったものが、読書だった。
当時の父は、『ブリタニカ国際百科事典』なるものをズラーっと並べた本棚を持ち、休日には書店に通うような人だった。書店には、一緒によく連れてってもらった。
『大洋書店』という、近所の書店に着くと、行動は自由。どんな本を読んでもいい。しかも、父が帰るまでに決めることができたら、本を一冊買ってもらえた。
ワクワクするとともに、厳しい父の機嫌を損ねないように、いかにも教養ある本を選ぼうと必死だった。

とりわけ、父から評価が高かったのは、伝記だった。
伝記なんて、正直、面白くなかったが、買ってもらいたい気持ちが強い。どうしても、この機会を逃すわけにはいかないため、いろいろな伝記をみては、面白そうなものを選んでいた。
今でも記憶しているのは、『一休』である。そう、一休さんだ。テレビでも描かれていて、当時も人気のアニメだった。
しかしこの一休さん、実際はどうだったのかというと、とんち小坊主だった頃を過ぎてからは、悲惨な人生を歩んでおり、特に晩年は色情の念に溺れてしまい、残念な感じになっている。生臭坊主の典型である。
こうしたことから、人間が過ごす一生の間には、いいことばかりではないのだ、ということを知らず知らずのうちに学んでいた。

休日は、父が自宅にいるときは、本を読んでいることが多く、その横で本を読むことが嬉しかった。
普段から、無口な父とは、ほとんど会話らしいものもなかった。だからこそ、こうした時に、同じ時間を共有すると、心が通っているような気がしていた。
こうして、本によって、父とはコミュニケーションをとっていたのである。

先日、父の家に遊びにいった。
母と別れた父は、現在も一人で生活している。
バイクと機械が好きな父は、家の中にまで、おびただしい数のガラクタが置いてある。父本人も、「なんだか(用途が)わからん物ばっかりだ」と自覚があるようだ。
しかし、本はほとんどなかった。
数冊が、積まれているのは確認したが、かつての父から考えたら、どう考えても少ない。少なすぎる。

「今は本は読んどらんで、お前は偉いな」

その積まれた本を眺めている私に、父はそう言った。
理由は聞かなかった。
目が見えなくなってきたのか、意欲が失われたのかはわからない。でも、そんなことはどうでも良かった。
ただ、かなしかった。さみしかった。
私に、本を読むことの大切さを、言葉ではなく態度で教えてくれた父。
そんな父は、私に向かって、「苦労をかけた」という言葉を会うたびに吐く。

私は不幸ではなかった。
父のことを、思い出すたびに、一緒に書店にいった時のことを思い出す。
あの時、一緒に書店に行き、同じ時間を本とともに過ごした父に、心から“ありがとう”と伝えたい。

「好きな本があったら、一冊だけなら買ったる」
そう言って、書店で本を読んでいる父は、私にとっては憧れの存在だった。

子供のころ、「こんな大人になりたい」と思った、初めての大人の男だったのだ。

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