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砂漠で水を売るなんて簡単ではないと思っていた

砂漠で水を売るとは出来ることを精一杯やること

寿司屋をしていた頃、商売の鉄則が書かれた本を、読み漁っていた時期があった。
「商いは、秋がない。つまり『飽きない(秋ない)』」
などと表現される。
飽きないものというのは、得てして“簡単にできないもの”と決まっている。
ゲームにしても、趣味にしても、飽きないものは面白く、難しい。
商売も、面白くて難しかった。

難しいため、攻略を試みる。
しかし、商いにおいて、これといった必殺技などは存在せず、そのほとんどは「やってみなくてはわからない」ものだった。
その中で、唯一、「やってみる」ことすら不可能だったことがある。
それが、「砂漠で水を売る」ということだった。
「砂漠で水を売る」と聞けば、なんとなく理解していただけると思うが、砂漠で水を売れば、売れるに決まっている。
砂漠には水を簡単に手に入れる方法が存在しないからだ。とてつもない高額で売れる可能性だってある。誰もが、お金よりも自分の命の方が大切だからだ。

この、「砂漠で水を売る」という方法。
頭では理解できるが、どうしたら「砂漠で水が売れる」のか、わからない。
寿司屋に当てはめた時、寿司屋においての“砂漠”とはいったいどこなのだ。
寿司屋においての、“水”とはいったいなんなのだ。
他の書籍には、「パン屋でパンを売るな」みたいなことが書かれているものもあった。意味がわからない。パン屋でおにぎりを売れと書いてある。砂漠で水を売るよりも、イメージが湧かない。余計にこんがらがった。

どのようなことをしたら、砂漠で水が売れるのか、自分にとっての砂漠を見つけられるのか、水を欲しがっている人を見つけられるのか、わからずに店は売却した。
結局、わからないまま、寿司屋を辞めたのだが、この「砂漠で水を売る」ことが理解できなかったことは、ずっと心に引っかかっていた。

それからも私は、商売の鉄則を書いた本が出るたびに、その答えを探した。
しかし、「砂漠で水を売る」ことを、言い方を変化させた本はあったが、答えの本質に辿り着くものは見つからなかった。

私は、高校を卒業して以来、飲食業にずっと携わってきた。
多くの板前やコック、料理人というのは、そのほとんどが“一国一城の主”になることを夢見て働いている。例外なく私もそうだった。
当時働いていたお店のオーナー夫婦の娘さんを妻にした私は、そのオーナー夫婦のお店の経費や改装費、新店舗オープンのための借金を肩代わりし、その後は自分の店を開くために借金をした。
20代、30代、40代と、借金を返済することが全てという人生だった。
そのためお店を売却して、寿司屋を辞めてから飲食業に携わらずに、色々な職業を放浪したのも、その方がお金が稼げたからだった。
数年から、十数年で職業を転々とした。

そして現在、高校からの友人がオーナーを務める、放課後の小学生を預かる施設、「放課後デイサービス」で働いている。
この友人の座右の銘は「人生を一本の線で繋げる」という言葉だ。
「人生において、無駄なことなんてない」
そう豪語している彼は、それを体現しているのだ。
そして、私の人生も、一本の線で繋げてくれた。

現在の職場では、料理ができる私の存在は、まさに「砂漠で水を売る」存在なのだ。
友人も料理はできるのだが、私とはジャンルが違っていて、洋食系が強いのだ。
つまり、2人で作れば、できないものはない。
職場の『放課後デイサービス』では、“食育”をテーマに掲げている。食べることは、生きることであり、コミュニケーションの手段にもなる。
「同じ釜の飯を食う」という言葉にあるように、同じものを食べるというのは、心を許す相手が増えることになるのだ。食べるというのは、教育の究極の形であると言える。

『放課後デイサービス』などで、本格的に食事に力を入れている施設はなく、「料理がうまい先生」として、保護者からの人気も高い。
なんと言っても、子供が遊ぶ“プラレール”にお皿を乗せて、“回転寿司”を施設の昼食で出す放課後デイサービスなんて、聞いたことがないと評判になった。
「私も行きたい」と本気で言ってくるお母さんも居るほどだ。

寿司屋を営んでいた時には、「砂漠で水を売る」ということが難しく感じられたのに、今では信じられないほど簡単なことだとわかる。
自分ができることを、自分が今いるところで、精一杯やることだ。

子供の発育や自立支援などを真剣に考えてきた人の中で、料理をすることに人生を捧げてきた人が近くにいるだけで、今まで見えなかったことが見えてくる。それによって、できることが増えて、アイデアも溢れてくる。
今まで、偏食で食べることが困難だった子供が、嫌いなものを口に運ぶようになった。
普段たくさん食べる子では無いのに、施設で回転寿司をした時には、ビックリするくらい食べて、お母さんが泣いて喜んだ。

借金しか残らなかったと思っていた、私の寿司職人としては大した腕ではないキャリアも、「おいしい!」と満面の笑みで食べる子供の表情を見ると、やってきて良かったと心から思うことができた。

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