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『白い足』

その女の足は真っ白だった。透き通るように白いその肌は何人もの男を魅了した。大きな目に赤い唇。長い睫毛。巧みな話術。少しの沈黙。私の横で彼女はいつも透明な涙を目に浮かべては笑っていた。
彼女に対する好奇、信頼、嫉妬、妬み、憎しみそのようなものが常に私の中に渦巻いていた。彼女の隣にいるだけで自分は世界一醜い女のような気がした。私の心と体は徐々に劣等感にさいなまれていった。

彼女は容姿が美しいだけではなく、仕事もよくできた。彼女のパートナーとして配属された私は、当初こんな美しくて気さくな仕事もできる人と組めるなんてと心から喜んでいた。会社に入りたての頃、よく彼女とランチに行った。年下の彼女はすでに若くして結婚しており、旦那とセックスレスでいろんなお色気攻撃を仕掛けているという話を面白おかしく話した。小学生の頃デブで、すこやかさんというクラスに入れられ毎朝ラウンドを走らされていたという話も。意外な過去や現在の笑いにできる程度の悲惨な状況はいとも簡単に人の心のブロックを外す。そうして彼女は私だけではなく社内外の人に「美人だけど気さくで面白い人」という立ち位置を確立していった。
 
一方で私と仕事をするうちに彼女の売り上げが上がりだすと彼女は私の悪口ともいえない話を周りに吹聴しだした。商談ではしゃべれない、デザインも私が手伝っている、なんでも聞いてくるから仕事が進まないなど。それは半分事実であり、私自身のコンプレックスをついたものであった。
珍しくお客様が私のプレゼンで盛り上がった後に、帰り道でお客様はああいってたけど本当のところどうなのだろう等と不安になるようなことを言い出したり、私がしゃべりだした途端黙るなど徐々に商談の場は彼女が支配するものとなった。一年も経たない内に私は商談中にただ相槌を打つだけの女になった。彼女のトークを邪魔しない。彼女が私の作ったデザインをまるで彼女が作ったかのように話す。お客様も次第に彼女としか喋らなくなってしまった。私はそれを横目で見ながら空気のようにそこに座り、パクパクと口を開けては閉め開けては閉めを繰り返していた。
 
 そのうち私は彼女を憎むようになった。離れたいけど離れたら生きていけない。その気持ちと比例するように彼女の私への扱いは日に日に乱雑になっていった。
社内でも彼女の吹聴により仕事のできない人というレッテルを張られてしまったため、私は必死で売り上げを作るため仕事をした。彼女の持ち帰ってくる膨大な仕事を明け方までやることもあった。必死にただただ仕事をすることそれしか自分を守る方法がなかった。
初めこそ、終電を逃して深夜や明け方に帰ったことを知るとえ~大丈夫!?と目を丸くして驚き、昼休みにお菓子をそっと机の上に置く気遣いを見せていた彼女も、えまだ終わってないんですか。そんないちいち聞かなくていいですよ。これってわかってます?これやっといてっていいましたよね?物腰のやわらかだったその女の口調は私が頑張れば頑張るほど、売り上げが上がれば上がるほど日に日に脅迫めいたものになっていった。
 
彼女は年下にも関わらずついに部長にまで抜擢された。私は給料も上がらずひたすら黒子状態だった。私の体はこわばって硬くなっていた。明け方の四時に会社を出て、家につきお風呂に入って五時半に寝る、今日は三時間寝れるとつぶやきながら八時半に起き、支度をし、九時半には会社の席に走りこんで座る。そんな毎日を送っていた。
 
「ここの素材これで行こうと思うけどどうかな」「う~んちょっと待って。他にない?あ、こっちのほうがいい!こっちで」「わかった。あ、あと」「え?まだ何か」「あ、いや大丈夫です」冷たい目で私を一瞥すると彼女は私の前の席に座った。こんなやりとりは毎日だ。彼女のパソコンに向かう顔を私は立ったままボーっと眺めていた。白い肌、赤い唇、長い睫毛。彼女はこんなに畜生な性格なのになんて美しいんだろう。憎いくらい美しい。彼女は褒められることも、こうやって妬み嫉妬の目線を受けることにも慣れている。現にこうやって私が泣きそうになりながらも彼女を見ている視線を感じているはずだ。にも関らず涼しい顔をしてクライアントにメールを打っている。
 
私はぼーっとしたまま席に座った。私は何もできない……。朦朧とした頭でパソコンに向かおうとしたとき、ペンが座席の下に落ちた。私は机の下にかがむとペンを探した。ふ、と前を見ると彼女の足があった。白くすらっと伸びた足。私はしばらくじっとその足を眺めていた。この足を今私だけが見ている。彼女すら見られていることを知らない。そう思った途端、私の中で何かがドロッと溶ける音がした。触ったら彼女はどんな反応をするだろうか。このペンを突き刺したら悲鳴をあげるだろうか。舐めたらどんな声をあげるのだろうか。そんなことを考えながら私は彼女の足を視姦していた。机の下で彼女の足を眺めているうちに私は妙な恍惚と優越感を覚えた。
 
私はペンをしっかり手に握ると席に座った。「佐伯さん」前の席から彼女の声がした。「これ直しておいて」書類を乱雑に私の机の上に投げつける彼女。「はい!」私は笑顔で彼女の顔を見た。彼女は少し驚いた顔で大きな目をさらに大きくする。私は知っている。あなたの足を知っている。私はよだれでぬれた唇を舌で舐めるとニヤッと笑いながら書類を受けっとった。

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