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義務教育について思うこと。

長女が小学1年生になり、9年間という長い義務教育が始まった。義務教育って、一体何なんだろう?

義務教育で教えられる事の本当の目的は何なのか?

子どもたちが学んで本当に役立つ事柄はどれだけあるのか?

入学してはじめ学ぶこと

・挨拶や返事の仕方

・靴箱、ロッカー、傘立て、トイレの使い方

・並び方、帰り方

・持ち物調べ

・姿勢、返事、手のあげ方

・自分の名前を言おう、友達の名前を知ろう

・体操服の着替え方

・・・・・・

こうやって見てみると、細かい部分もしっかり丁寧に教えられるようになっている。大人が当然のように「こうあるべきだ」という常識は義務教育で教えられていることがよく分かる。こんな小さい頃から教えられると、「それが当然だ」と思い込んで疑わない様になってしまうのも頷ける。

良い挨拶の仕方、良い姿勢、良い手のあげ方・・・良いとされる方法をきっと教えてくれるのだろうけど、それ以外の方法は本当に間違っているのだろうか?

手のあげ方について考える。

人の迷惑になることはもちろんしてはいけないけれど、例えば手のあげ方が変てこりんで、人に迷惑をかけるか?オリジナリティあふれる手のあげ方をする子供がいたとして、それをきれいな良いとされる手のあげ方を教えられて矯正されることにメリットはあるのか?そもそも学校で教えられる手のあげ方が最適な手のあげ方なのだろうか?日本以外の国ではどのようにあげるのか?

今まで当然のように何の疑問もなく受け入れていた事に疑問がたくさん湧いてくる。

この義務教育を手放しで受け入れて、目上の人の言うことをきっちり聞いて言われたとおりに動く人材に作り上げられることは避けたい。言われたことだけするのではなく、自分の意志を持って、自分を貫く選択をしていけるように育ってほしい。

私はこの年になって、自分の生き方をしたいと思うようになって、やっといろんな事を疑問に思えるようになった。当然の常識を疑う気持ちが芽生えた。この変化について、今からでも成功するのに遅くないと思いたいけれど、自分の子供達にははじめから自分の意志で選択することを知って生きてほしいと親心に思う。きっと、こういうことはあまり義務教育では教えてくれないだろう。だって、自分の意志で動く子供が多いと統制が取れなくなる。

だから、無意識に言われたとおりに動くのではなく、「これはみんなが一緒に行動することでスムーズにできるからこういう風にしているのだ」と理解して、納得できるなら教えられた方法を選択して、納得できないなら違う方法を試すような、そんな学生生活を送ってほしいと思う。

義務教育の良い影響を存分に受けて、悪い影響ははねのけて、始まった義務教育期間を有意義なものにしてもらいたい。

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