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蒋先生と僕 3
寒風巻き立つ上野駅、僕はいつも通りに自転車を駆って、人混みをかき分けながら学校へたどり着いた。
ついに最後の授業の日がやってきた。
僕の世界の外側にある、はるか遠くの不思議の国から来た姫のような先生は、今日も優しく聡明だった。
僕は先生に教わっていることを誇りに思うほどだった。
気合いを入れて少し学習した後、先生は照れくさそうに最後のあいさつをはじめて、これが私の連絡先です。と黒板にメールアドレスを書きはじめた。
僕は目を輝かせながら、かつ輝いていることを誰にも知られまいと冷静にそれをノートに書き写した。
あのお店で学んだ中国語で、そして先生に教わった中国語でメールを送ろう。そしてもしお天道様が許すならば、先生ともうちょっとだけ仲良くなろう。そんなことを思っていた。
しかし僕の煩悶をよそに、先生はそのまま話を続けた。
「私には上海に許嫁がいて、この仕事が終わったら中国で結婚します。」
あ、えっ。
僕は感情の落差に気絶しそうになった。
こうして半年に淡い恋は、上野の山から天へと召されたのだった。
一人であたためていた行き場のない気持ちほど、気色悪くかつ処分に困るものはない。
ましてそれを伝えたりしたら、恐怖すら感じるかもしれない。
それなのに、僕はそれを受け入れることができず、はじめに決意したとおりにメールを送ることにした。
僕が必死になって漢字だけを使ってでしたためた文章には、先生へのお礼と、僕の就職先と、中国語の面白さなどが雑然と並んでいた。
先生からは、ひらがなやわかりやすい漢字を使って、僕にも読みやすくしてくれたお礼のメールが来た。
僕は、なんだ漢字だけにする必要なかったのか、なんてことを思いつつ、先生の幸せな未来を祈るばかりだった。
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