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介護施設の「全世界化」と「囲い込み」 介護施設の課題Ⅲ-2


1.「全世界化」による抑圧性

(1)施設度と全世界化

 多くの人は、たとえ障害があっても、できるだけ自宅で暮らしたいと思っているでしょう。そして、もし介護施設に入居しなければならないとしても、「施設度」が高い介護施設より、「施設度」が低い介護施設の方が望ましいと思うことでしょう。
  ※ 「施設度」というのは「施設っぽさ」のことです。

 介護施設にもさまざまな施設があり、その「施設度」にも大きな差がありますが、岡本和彦(東洋大学教授:建築学者)さんは「施設度」が高じていくと入居者にとって施設は「全世界化」すると指摘しています。

『・・・人間の一斉的な管理、空間の自己完結性、時間の管理と無限定性が極大に高まると、施設は「全施設化」し、入居者にとって施設は「全世界化」する。』

引用:上野千鶴子(2011)『ケアの社会学』太田出版p209

 施設が「全世界化」するとは「入居者にとって施設が全て」となってしまうということでしょう。
 施設が「全世界化」するのは介護施設のサービスが総合的で独占的なサービス提供だからです。つまり、介護施設は衣食住、生活の全てを一括して総合的、かつ独占的に提供するのです。

 このことは、在宅での介護と比べれば容易に理解できます。
 在宅の介護サービスには、訪問介護、訪問看護、訪問リハ、居宅療養管理指導、通所介護、通所リハ、短期入所生活介護等々、さまざまなサービス種別、サービス提供事業者があります。
 ですから、当事者(障がい高齢者)は、サービスの種別もサービス提供事業者も選択することができるので、一つの企業、法人でサービスの全てを独占することは容易ではありません。

 もちろん、利用者の「囲い込み」を虎視眈々こしたんたんと狙っている企業・法人も多いのですが、介護施設ほどの独占性を保証されているわけではありません。

(2)独占的サービス提供がもたらす権力性

 各種介護サービスを独占的に提供する場合のメリットはサービス提供に関わる者たちが、当該当事者(障がい高齢者)に関する情報の共有化、情報連携が円滑に進むということでしょう。
 当事者にとってはワンストップサービス(one-stop service)であり、施設の誰かに訴えさえすれば担当者が、たぶん、対応してくれるでしょう。
 このように、独占的サービス提供にはメリットがあるものの、当事者の選択肢がなくなってしまいます。そして、この独占性による選択の不可能性は当事者の立場を非常に弱いものとしてしまうのです。
 ここに、介護施設の独占的サービス提供体制からくる権力性、抑圧性、暴力性が生じることになります。独占性が強まれば強まるほど、確実にその権力性、抑圧性、暴力性が強くなり、入居者は「我慢」「忍耐」「辛抱」せざるをえなくなるのです。

 このため、独占的サービス提供を行っている介護施設の役職員には、高い人権意識と倫理が求められます。しかし、それを確実に担保できるような仕組みがないのです。あくまで役職員の属人的なものに負っているのが実情です。

2.「囲い込み」

(1)「全世界化」と「囲い込み」

 さて、独占的サービス提供により、入居者にとって「全世界化」した介護施設は、経営サイドの視点からすれば、それは入居者を完全に囲い込むことができる「囲い込み」体制ということでしょう。「全世界化」と「囲い込み」は同じコインの表と裏なのです。

 介護経営の世界では・・・
『経営の安定化のために利用者、入居者を「囲い込む」必要がある。』
『入居者、利用者を「囲い込み」、生涯顧客単価を上昇させることが重要。』
等々、よく「囲い込み」という言葉が使われます。

 このいわゆる「囲い込み」とはエンクロージャー(enclosure)の訳語です。「囲い込み・エンクロージャー」とは、資本主義の成立期に領主(封建貴族)が羊毛を大量に生産して大儲けしようとして農民を強制的に土地から追い出し、その土地を柵で囲んで羊を飼育するという社会現象(第一次囲い込み)です。

 介護事業経営における「囲い込み」とは、より大きな利潤獲得のために、利潤の源泉としての入居者(羊)を施設空間内、施設という囲いの中に留め置くということに他なりません。そして、その結果、この施設空間から放逐されるのが、人間的な価値、人間としての権利です。

(2)剥き出しの生

 この囲い込まれた施設空間では入居者は人間的な生から諸価値が剥ぎ取られた、ただただ生きるだけの「剥き出しの生」(ジョルジュ・アガンベン:Giorgio Agamben;イタリアの哲学者)を生きていかざるをえない危険性があります。まるで囲い込まれた動物・羊たちのように。

 さらに、この「囲い込み」はコロナ禍でさらに徹底されるようになりました。柵に囲われた施設から入居者は出ることはできず、柵の外にいる家族や友人たちは柵の中に入ることができなくなったのです。
 封建貴族が超法規的かつ暴力的に囲い込んだように、現代の施設もコロナ禍において、封建権力と同様に超法規的かつ権力的に囲い込みを行ったのです。そして、今も超法規的状態を続けている介護施設さえあるのです。
 ※ 介護施設が基本的な人権である家族等との面接を禁止・制限する法的根拠は何という法律の第何条、第何項、第何号に記載があるのでしょうか? 

 介護事業経営者が「囲い込み」という言葉を使うとき、彼らは入居者を羊のようなただの利益の源泉と見做みなしているということです。これでは、まともな介護ができるわけがありません。


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