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虐待防止教育について-虐待論Ⅴ-3


1.虐待防止対策のあれこれ

 虐待事件が発生した場合、その事件を受けて多くの介護施設が虐待防止対策を改めて講ずる、表明することになることでしょう。その際に虐待防止対策として挙げられるのは、おおよそ以下のようなことではないでしょうか?

① 職員に対して虐待防止教育を徹底する。
② 職員間の円滑なコミュニケーション環境の醸成(風通しの良い組織)
③ 監視カメラを設置し、虐待防止抑止力を高める

 ③の虐待防止のために監視カメラやモニターを設置するのは、言ってみれば取敢えず、劇薬で症状を抑えようとするようなものだと思います。
 この監視体制の強化は介護施設のパノプティコン性を高めてしまいますし、入居者のプライバシーを侵害する可能性も出てきます。
 もちろん、経営者・管理者と職員との信頼関係が毀損してしまうことになるでしょう。

 ①の職員教育は確かに大切だと思います。
 ただし、この教育がOFF-JT、座学だけで終始しては効果が無いと思われます。私は、日々のOJTをとおして学んでいくことが大切だと思っています。  OJTを重視するということは、②の職員化のコミュニケーションを途絶とだえさせないことになりますし、「われわれ」の範囲を広げていくことにもつながります。

 例えば、不適切な介護(abuse)を行ってしまった職員をただ単に断罪して終わるのではなく、その職員との会話(コミュニケーション)を続けていくことによって、その職員を「われわれ」の内に留めることができるでしょう。つまり、その職員を「われわれ/やつら」の「やつら」に追いやったりはしないのです。
 そして、不適切な介護を受けた入居者の人生、家族関係、思い、願い、実存を内的に理解していくなかで「われわれ」の範囲に取り込むことが可能となるのだと思ます。

2.高度心信頼性組織の教育方法

 虐待の防止のためには、確かに、職員教育が大切なのですが、その職員教育の方法論が重要だと思うのです。

 私は、虐待防止教育は集合研修、座学、OFF-JTより、現場に即したOJT的な教育、特に、相互信頼に基づいた教育が有効なのだと思います。

 私は、このような相互信頼を醸成する教育の原型をジャスト・カルチャー(Just Culture:公正な文化)を中核的な価値としている高度信頼性組織[1](HRO : High Reliability Organization)の取組に求めたいと思います。

 この高度信頼性組織は、航空関連会社とか救急医療の現場とか、失敗が許されない組織に採用されています。

 ジャスト・カルチャーは、「人間はミスするものであるとの前提でミスをした場合、それを互いに指摘し、または正直に報告、情報共有します。」

(参照:福島真人2022年「学習の生態学-リスク・実験・高信頼性-」ちくま学芸文庫P251,252)

 このミスを虐待の兆候に読替えれば良いと思います。

「人間は、残酷で虐待する可能性を有するものであるとの前提で虐待の兆候を示した場合、それを互いに指摘し、または正直に報告、情報共有します。」

 この「abuse/虐待の兆候」には次のようなものが想定できるでしょう。

・介護現場でのボキャブラリー(侮蔑的な言葉、間接的に侮蔑する言説)
・侮蔑的な態度
・介護施設内の衛生状況、入居者の身嗜み、不穏状態  等々

 組織内で、この虐待の兆候に関する情報を共有し、一つ一つに一緒に学んでいく、それが相互信頼に基づく教育ですし、高度信頼性組織(HRO : High Reliability Organization)への道だと思います。
 ポイントは虐待の兆候に気づき、それを報告し、情報共有するということです。このような相互信頼に基づく教育は教育の非対称性や介護の非対称性を緩和し良い介護の大前提となることでしょう。

 ジャスト・カルチャーは、人間はミスするもの、「虐待することもあり得るもの」だということを前提とし、そして、虐待の兆候が表れた場合、お互いに指摘し合い、その虐待兆候情報を共有し、そこから多くを学ぶことを大切にする組織文化です。
 ジャスト・カルチャーで大切なのは「誰が問題を引き起こしたのか」ではなく「何がうまくいかなかったのか」です。
 ジャスト・カルチャーはabuse/虐待しそうになった職員をただ単に、非難する文化とは真逆の組織文化であって、「われわれ」を維持・拡張することが可能になります。
 また、このジャスト・カルチャーは職員たちが、遠慮なくミス、間違いを報告し合い、組織がミス、間違いから学ぶのを助ける環境、つまり、自由闊達な気風、風通しの良い組織を構築することができます。

(参考:福島真人2022「学習の生態学」ちくま学芸文庫 第5章組織、リスク、テクノロジー-高信頼性組織研究について…p235以降)

3.組織の冗長性(redundancy)を高めること

 Abuse/虐待の背景には職員の過重な労働、過重な責任があると思います。

 そこで、私は、介護組織にはある程度の冗長性じょうちょうせいが必要なのだと思っています。

 冗長性とは余分なもの、余剰があるという意味です、原子力発電所や航空管制塔などの失敗が許されない組織(高度信頼性組織:HRO)の研究から、安全性を保つためには緊急時に備えて組織全体に重複性、二重性を備えるなど冗長性が確保されていることが大切なことだとされています。

(参照:福島真人2022年「学習の生態学-リスク・実験・高信頼性-」ちくま学芸文庫P251,252)

 日々の介護業務において、冗長性を高めていくことが必要だと思います。
 なぜなら、介護施設では慢性的な人員不足に加えて急な職員の休みや退職等はよくあることで、日々、人員配置的には危機的状況に襲われていると言ってよいかもしれません。
 介護業務におけるワンオペ体制や過重な責任等々への対策として、組織の冗長性確保は不可欠です。

 つまり、職員の役割、守備範囲の重複性、二重性を持たせることにより相互協力体制を構築しておくことが大切なのだと思います。
 確かに職員の専門性向上は大切ですが、職員の個々の専門性を極限まで推し進めてしまえば、「この仕事は誰々しかできない」となってしまい、代替性が極端に低下し、責任が加重となってしまい、ストレスが大きくなってしまいます。

 私は、冗長性を高めるためには、介護職員や相談員、事務員といった職種ごとの役割、守備範囲にも一定の重複性を持たせることも検討すべきだと思っています(担当業務の重複性)。 

 人材不足だからこそ、野球で例えるならば、一塁しか守れないのではなく、ショートも守れる。外野手もできるけれど、場合によっては捕手もできる。そんな冗長性の高いチームが求められるのではないでしょうか。


[1] 高度信頼性組織(HRO : High Reliability Organization):組織心理学者ロバーツ(K.Roberts)、技術社会論のロックリン(G.Rochlin)、巨大技術の政治問題を扱うラポルト(T.LaPorte)らが、高いリスク環境におかれつつも、良い安全パフォーマンスを続けるいくつかの組織のマネージャー達と接触をもって、そこでの具体的な仕事ぶりや組織の運営方法について、長期間にわたる現場フィールド調査を行った研究から導き出された概念。(引用:福島真人2022「学習の生態学」ちくま学芸文庫P242)

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