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コロナ禍を振返る‐介護施設の課題 Ⅳ-1

 


 人は困難な時、非常時にこそ、その人柄がハッキリ見えてくるように思います。介護施設も同じでしょう。ここで、コロナ禍における介護施設のあり方を検証することによって、介護施設の課題をつまびらかにできるのかもしれません。

1.面会制限・禁止は人権侵害

 日本人の脆弱な人権意識に新型コロナのパンデミックがとどめを刺してしまったのではないかと、私は怖れています。パンデミック[1]という歴史的なわざわいにより、介護施設での人権軽視、人権無視という病が進行してしまったのではないでしょうか。
 こんなことを言えば、「お前は、コロナ禍で介護施設がどんなに大変だったか、わかっていない!ふざけるな!」と叩かれるでしょうが・・・ 

 2020年4月7日に最初の緊急事態宣言が発令されて以降、多くの介護施設では入居者と家族との面会が禁止されました。

 面接禁止・制限とは、人と会う事の禁止・制限です。通常、民主主義的な社会だと、いつ、どこで、誰に会うかは個々人の自由です。日頃から面会が制限されているのは刑務所等の収監施設か病院のICU(Intensive Care Unit:重症系病床)くらいでしょう。
 入居者は市民として、家族や友人と会う権利があり、家族や友人も、父母や友と会う権利があります。面接制限・禁止はこの入居者と家族、友人たちの人権を侵害することになります。

 この通常、許されることのない面会禁止・制限の例外化措置がコロナ禍では常態化しておりました。しかし、この介護施設における面会禁止はどのような法的根拠で行われていたのでしょうか?

 法的根拠は薄弱だったのではないでしょうか。人権侵害となる超法規的な例外措置を介護施設は「お願い」というかたちで、行ったのですが、実質的には強制と変わらなかったと思います。そして、当然、この措置に誰も異議を唱えませんでした。
 また、私には、施設側も、面会制限を「痛み」として捉えることさえできずに人権の制限を行っているように見えました。

2.剥き出しの生

 パンデミックにより、他者は潜在的な危険、疫病を広める者となり、家族同士、友人同士の繋がりが分断され、文化も、芸術も共に楽しむことができない状況となってしまいました。
 つまり、人間の生から諸価値が剥ぎ取られ、「剥き出しの生」(イタリアの哲学者ジョルジュ・アガンベン Giorgio Agamben[2]の言葉)となってしまったということです。

 大貫恵佳(駒沢女子大学人文学部人間関係学科准教授)さんは、コロナ禍におけるアガンベンの問題提起を次のように紹介しています。

『「生が純然たる生物学的なありかたへと縮減され」ることを危惧し、「生き延び以外の価値をもたない社会とはどのようなものか?」という問題を提起したものだった。』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sstj/15/0/15_137/_pdf/-char/ja

引用:大貫恵佳2021「パンデミックと剥き出しの生-「生命か経済か」という問いがつきつけるもの‐」現代社会学理論研究 15 p137,138

 また、大貫恵佳さんは、アガンベンのいう生政治の主権構造について、次のように説明しています。

「主権は、法権利の領域とその外部(例外状態)を区別し、その外部をたんなる事実(生)の領域として前提化することで、法権利の領域を確定する。この外に捉えられたたんなる事実(生)に対して法は適用されない(宙吊りにされる)が、それは法それ自体を存立させる前提として法に包含される。」

引用:大貫恵佳2021「パンデミックと剥き出しの生-「生命か経済か」という問いがつきつけるもの‐」現代社会学理論研究 15 p140

3.例外状態の恒常化

 政府(生権力)はコロナ禍にあって、例外状態を宣言して法が適用されない状況、「剥き出しの生」を作り出すのですが、その例外状態が恒常化することによって、法や規範が相対化、ないがしろにされ、行政的な統治権力が強化されるようになるのです。

 私は、この「剥き出しの生」という概念は、介護に関わる人たちにとって、とても大切で、有効な概念だと思っています。

 介護施設には新型コロナに感染すると重症化する高齢者の居住する場所であるが故に、生存以外にいかなる価値をもたない「剥き出しの生」の棲家すみかとなりやすいのです。
 人に会う権利、人間的価値と、その時々のリスク(感染の確率と損害の大きさ)とを比較衡量ひかくこうりょうもせず、無思慮、無条件、頑なに超法規的な面会制限を行うことには問題があるでしょう。

 新型コロナ禍による面会禁止、面会制限等の対応は、それぞれの介護施設で異なりました。そして、この対応が、それぞれの介護施設の人権感覚、遵法性を可視化したのではないでしょうか。

 例外状態は恒常化しやすいものです。
 私の伯母が入居している介護施設では2024年4月中旬段階でも、面接を厳しく制限しております。施設の玄関に「入居者との接触は固くお断りします。」と張り紙が貼ってありました。このように例外状態は恒常化していくものなのでしょう。

 


[1] パンデミック(pandemic)とは、人獣共通感染症(伝染病)が世界的な大流行をみせること。

[2] ジョルジュ・アガンベン(Giorgio Agamben1942年4月22日~)イタリアの哲学者

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