練馬からのタクシー代とデフレマインド

品川の大衆居酒屋で飲んだ帰りの出来事。

2年ぶりに会う親しい友人と、私の奥さんと3人で飲んでいた。
久しぶりに会えた嬉しさでつい飲んでしまったのか、タクシーで家の近くまで帰ってきて、ポケットに個人用携帯が無いことに気づく。見つからないと色々と面倒なのでまずは居酒屋に電話。見当たらないとのこと。
困った、と思っておもむろに奥さんの携帯から失くした携帯に電話したら、タクシーの運転手が出た。

運転手(運):さっきのお客さんですよね。
私:そうです。品川のどこそこまで届けてもらえないでしょうか?
運:今、大事なお客さんを乗せて練馬まで来ていて、今の時間からだと、だいたいあと1時間後くらいになりそうなんですがいいですか?
私:大丈夫です。ありがとうございます。こちらの連絡先はXXXです。
運:分かりました。メモしました。メーター付けてもいいですか?
私:大丈夫です。では後ほど。

よかった。余計なタクシー代はかかるけど、新しくiphoneを買うのに比べると安いものだなどと思いながらも、練馬から品川までのタクシー代を検索。
練馬区役所を基準にすると6千円程度だが、練馬の果てにある大泉学園駅を基準にすると1万円。広いな、練馬。
しかし背に腹は変えられぬ。それに遅い時間まで働いているタクシーの運転手さんを、自分のうっかりのためにわざわざ呼び戻したのだから、1万円くらい払いますよそんなん。
すると奥さんが、

奥さん(奥):練馬にいるって多分嘘じゃない?
私:そうなの?
奥:お客さん乗せてるって言ってるのに、携帯でめっちゃ話してるじゃん。
私:確かに。自分が相手の立場だったら、適当に時間潰して1万円もらうな。
奥:本当に練馬にいたのか、知りたいよね。
私:金額が高すぎたりしたら、ちょっとふっかけてみようかね。「練馬のどこから来たんですか」みたいな。嘘だったら払いたくないなあ、1万円。

性悪説の妄想を膨らませながら、私たちは来たるその時を待った。
奥さんの携帯が鳴る。玄関を開けるとすぐそこにタクシーが待っていた。

私:すいません。わざわざありがとうございました。
運:いえいえ、ちなみに練馬からだと金額がとんでもないことになるので、(「4600円」と表示されたメーターを指して)これくらいの値段になるところでメーター止めました。でも、最後のところはお客様のお気持ちで結構です。
私:(5千円札を渡して)じゃあこれでお願いします。ありがとうございました。

ブーン(去っていく音)。

奥:いくらだった?
私:4600円。「最後のところはお客さんのお気持ち」って言ってて、逆にもっとふっかけてくれよ、って思った。
奥:そうなんだ。本当に練馬に行ったのかな。
私:分かんないけど、練馬から4600円になるタイミングでメーター止めたって言ってたよ。
奥:そうなんだ。とりあえず戻ってきてよかったね。
私:そうね。

iphoneが帰ってきたのでようやく寝る支度をしながら、次のようなことを思った。
運転手は、どんな風にもでっち上げて、私からお金を取ろうとすることが出来たはずだ。練馬に本当に行っていたとしても、私なら高尾まで行ってたのだとか言って、2万円くらい請求しようとするだろう。インドの運ちゃんならもっとふっかけるはずだ。でも運転手がそうしなかったのは何故か。
まず、①嘘を付けない人だったから、が考えられる。「最後はお客さんのお気持ち」の時点でお人好しか臆病な人ではあったと思う。本当に練馬にいて、本当に4600円になる地点でメーターを止めてくれたのかもしれない。もしそうだとしたら、私たち夫婦は善人を疑ったことになり、キリストを磔にしたローマ人のように悔いるべきだ。(知らんけど)
しかし、彼が正直者でも嘘つきでも、何故メーターを止める必要があったのか。それは、②運転手のこれまでのiphone紛失客の経験や同僚から聞いた話を踏まえると、1万円は払おうとしないのが相場だった、からではないかと思う。だって、Navitimeで練馬の最果てから品川まで1万円と書いてあるのだ。「ここから来たんだからしょうがないじゃないですか」「メーター付けていいと言ったじゃないですか」から始めれば、練馬ー品川間1万円は、取れない金額ではないのだ。もらってもいいお金をもらおうとしないのは何故なのか。

ここまで考えて、日本が長らくデフレにあるというのはこういうことだと不意に腹落ちした。
デフレ下では人はお金をケチるし、会社はケチな客を想定して事業を行う。一般的には、そういう経済環境下の心理を、「デフレマインド」と呼んだりする。今回で言えば、運転手はケチな客を想定し、請求する額を自らディスカウントしている。

野村證券用語解説によると、デフレマインドとは:
「デフレ時代に染みついた企業や消費者の心理や行動様式。実体がどうであれ、今後も経済状況があまりよくないであろうと悲観的になる心理状態のこと。将来を不安に思い、節約や貯蓄をしてお金をあまり使わないようにしようと考えること。」
(https://www.nomura.co.jp/terms/japan/te/A02927.html)

最近また、日銀の黒田総裁が追加の量的緩和を行うと言ったとか、政府はずっとデフレからの脱却を目標にマクロ経済政策を打っているが、実態の効果は出ていない、と理解している。デフレというと難しく聞こえるけど、要するに人が将来に対して悲観的になっているということで、デフレを脱却できないのは、人が将来に希望を持てるような政策を国が打ってこなかったからだし、企業が賃金をケチってきたからだと、個人的には思っている。(金融危機や災害に度々見舞われたのもあるとは思うけど)
じゃあどうしたら将来に希望が持てるのか、タクシーの運転手が遠慮せずに1万円請求できるような状態とはどういうことなのか、ここではそういうことに触れたり触れなかったり、徒然なるままに書いていこうと思っている。

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