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なぜスタートアップは自らを太らすのか。|カルチャーデザイン

尊敬してやまない経営者の一人にpatagoniaの創業者、イヴォン・シュイナードがいます。彼には自らの有名な著書「let my people go surfing(社員をサーフィンに行かせよう)」等があるので、彼を起点としたpatagoniaのユニークな経営哲学に直に触れることができるわけですが、とは言えそれほど多くないイヴォンの思想に触れるリソースとして、何度も聴き返すお気に入りのpodcastがあります。

NPRの「How I Built This」がいかに素晴らしいかはここでは割愛しますが、30min弱のインタビューでイヴォンが呟く、シンプルで削ぎ落とされた経営哲学が何度も心に刺さります。そして聴くたびに、今自らが事業で直面している課題に合わせて、学びがあるんですね。

先日久々に聴き返し、あらためて学びのあった一説をご紹介します。
彼は「成長」には2種類あると前置きした上で

One where you grow stronger, and one where you grow fat. You have to look out for growing fat.
(一方は力強い成長、もう一方は"肥満"だ。会社が肥満体型にならないよう十分に注意が必要だ。)

patagoniaは公開企業でもなく100%イヴォンのプライベートな会社です。急激な成長を目指さず、社会全体・地球環境全体の利益に根ざした意思決定をし、結果として力強い成長をし続けています。

先ほどの一説は、彼自身が急激な成長を追い求め、突然のリセッションに家族経営スタイルの社員を解雇した苦しさを猛省した結果の学びとして語られていますが、はてと周りを見渡すと、「人を増やすことが正義」「組織成長=事業成長」という偏った志向や先入観(バイアス)に踊らされて痛い目を見るスタートアップが多いように思うんですね(自戒の意味も込めて)。

もちろん新たな人的リソースを投入し続けないと組織が成長し続けることはできない。結果事業も会社も成長できないというのは理解できる理屈で、実際正しい部分も多いとは思います。問題なのは、その視点一辺倒だと致命的な組織・会社のつまづきになりかねないということですね。そんなバイアスを正しい視点に強制するリトマス試験しとして、

「Growing fat(太る)」

という言い回しが、今回妙にしっくりきたわけです。

太らせずに身体を大きく成長させること。

経営や組織はポジティブに「筋肉質」など身体に例えられることが多々ありますね。

この経営の身体的言い回しにおいては「太らせずに健康的に身体を成長させること」が重要だという志向性があります。これは組織を身体に照らし合わせれば、誰も異を唱える人はいないでしょう。

しかし、一旦猛烈なスタートアップレースに駆り出されると、なぜか定量的に「より多い」ことが正義のような錯覚に陥ってしまうのですね。

売上やユーザー数は当然大いにこしたことは無いですが、ここでも事業のコアと直結しておらず、リテンションしない一時的な売上増は中長期では無意味です(キャッシュポジション的に生き残るためのラーメン代稼ぎは別ですが)。

また、調達額も組織の頭数も、なぜか多い方が「すげぇ」となってしまうんですね。当然これは資本政策におけるダイリューションや、人員余剰のリスクを大いに孕んでいます。

にも関わらず、スタートアップレースではこのアクセルをベタ踏みし続ける「定量拡大」のマジックに陥いってしまうんですね。さて、スタートアップのブレーキはどこに行ったのでしょうか。

特にエクイティをレバレッジに会社を伸ばそうとすると、ステークホルダーの時間軸で短距離高速レースを強いられるのは避けられません。むしろエクイティを選んだ時点で創業者が自らそのレースへの参加を意思決定したわけなので、言い訳できる隙もありません。

ただ、個別の市場環境や内部要因を鑑みて「一辺通りの成長スキーム」をどのスタートアップも適用するべきではないのは自明です。かつ、オンリーワンのその会社・組織に合わせた、文字通り「太らせない」成長メソッドがあるなずなので、その本質を忘れないように、最後は「自らの身体に耳を傾ける」ということを忘れないように、短距離高速レースを勝ち抜いていきたいものですね。当然、自らそのルールに乗ったのであれば、そのルールの元で何としても勝ち抜く気概が何よりも重要です。

脱メタボなハイカロリー組織へ

基本的にエクイティでレバレッジをかけるスタートアップの航海は、
前提として船底に穴が空いています。

それを半定期的な(業界では"シリーズ"と称する)外部補給で補いながら船を大きくし、船員を増やしながら目的地へ向けて一目散に邁進し続けています。

そんな"スタートアップ航海"において「不健康な増量」がいかにボトルネックかは言葉を尽くさずとも想像に難くないでしょう。

時にコロナのような致命的な社会経済的後退を伴う大波に襲われれば、船底の浸水速度、つまり船の沈没へのカウントダウンは劇的に加速します。

ただ、こういった「外部環境」の大変化は稀で、当然航海の運命を左右する一撃必殺な危機ではあるものの、本質的に「不健康な増量」がリスキーなのは目に見えない「内部環境」に起因します。

「内部環境」つまり組織内部は、基本的に外から見えないほど複雑系の生態系で、人が増えることによるコミュニケーションラインの増大は計り知れず、感覚的にはその複雑さは組織のヘッドカウントの2乗にも3乗にも膨れ上がって、時に組織の負債として積み上がっていきます。

身体の不調と同じで、暴飲暴食のつけが不具合・病として表面化するにはタイムラグがあるんですね。これが本当に厄介です。

そして、本当に苦しいのは、メタボな身体(組織)は
"何をやるにもハイカロリー。"
ということです。

メタボな身体は、何をやるにも腰が重い。
情報共有と意思決定のための会議やコミュニケーションも多い。
クイックな意思決定とスピードが命のスタートアップにおいての反射神経のアキレス腱となる。

そして「重い・遅い」だけならまだ良く、目に見えない進行性の「ガン」が見つかったり、重要箇所が複雑骨折をした途端に航海は完全にストップし、船底からただ水が溢れかえる事態になりかねないのがスタートアップの常です。

つまり、不健康に太った組織というのはスタートアップにおいて

「図体が重い」
「機敏に動けない」
「スタートアップの強みを活かせない」

の三重苦となるんですね。

故に「採用」の重要さが際立つわけですが、これは当然「人員計画通りヘッドカウントを増やし続ける」というオン・トラックが重要な訳ではありません。

「そのポジションは本当に必要なのか?」
「その人が本当に今必要なのか?」
「船員として今背負っていくに値する人材なのか?」

こういった「スタートアップの慣性に反する問い」を、拡大本能に一瞬だけ蓋をして自らの身体に問いかけなければいけません。

「誰を採用するか」
より
「誰を採用しないか」
が遥かに大事です。

もっと手前のレイヤーで言えば、トップダウンの人員計画に対してフェアに戦うことができる強い人事やミドルマネジメントが必要です。

さもなくば、その「アクセル」だと思っていたものは「ブレーキ」となります。自らの身体(組織)に耳を傾けて健全な新陳代謝・増量が実現できれば「ブレーキ」だと思っていたものは実は「アクセル」だったということに気づくでしょう。

もう90%自戒の為に、自らに言い聞かせるように書いていますが(滝汗)、このアクセルコントロールは細心の注意を払いながら、時に大胆に、目線をあげ続けて壮大なる航海を爆進したいものです。

私、本来は「スピード狂」なので。

追記(2021.2.27)|参考記事

多くのスタートアップは資金調達が辛すぎるゆえに、一旦資金調達完了すると、早く投資家のお金を使って急成長せねばと急かされてしまい、えいやっ!と経営のサイズ感を大きくしてしまいがち。

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