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金曜日に君はもう来ないので
※「月曜日が好きだと君は言うけれど」のネタバレを含みます。
死のうと思っていた。飛び降りる為の建物も見繕っていたし、妹宛の遺書も書いていた。この決意が単なる一過性の嵐でないことははっきりしている。俊月が抱えていたのは、何処に見せても恥ずかしくないくらい切実な希死念慮だった。
ドラマチックさまで加味してもらえるなら、いつもは冷たいオーディエンスだって手を叩いてくれただろう。今まで何にも褒められ
月曜日が好きだと君は言うけれど(後編)
「ところで、スマートフォンは胸ポケットの中に入っているだろ? 財布は?」
ロンから出た後、小鳩はそう言って振り返った。脈絡の無い言葉だった。
「何だ? カツアゲか? 駄目だぞ」
「駄目だぞときたか。いや、そうじゃないよ。教えて欲しくて」
どういう意図かわからないまま、俊月は素直に答える。
「ジャケットのポケットに入っている」
「へー、本当に?」
小鳩が、用心深くポケットを叩く。そして、俊月が
月曜日が好きだと君は言うけれど(前編)
瀬越俊月は人間が下手だった。生まれてから今まで、一度だって人間が上手かった試しがない。
特に何かミスをした覚えはない。それでも俊月は、緩やかに人生の失敗を重ねた。思い出される最初の失敗は、小学校の入学式だ。不愛想で目つきが悪く、その上他の子どもより背格好の大きかった彼は、最初から集団で浮いていた。幼いコミュニティーでの緩やかな排斥。みんなではしゃぐドロケイの輪に、彼だけが入ることを赦されなかっ
最後にして最初の探偵(ノベリスト)
待ち合わせをすっぽかされたところまでは赦せた。けれど、待ち合わせの前に自殺をされたと聞けば、正直怒りが先立った。歳華はその日、二時間以上待ったのだ。それなのに、やっていたことが自殺なんてふざけている。そんなことで納得がいくはずがない。別の日にやれ。
一月一日の午前十一時、瀬越歳華は晴れ着姿で新宿駅に居た。元旦の浮かれた雰囲気に合わせて、相応に浮かれて見せた結果である。赤と黒の着物は兄が着つけ
トラウメインディッシュ
松ヶ谷くんが自称天才カメラマンの間宮恭司と出会ったのは丁度松ヶ谷くんがスーパーのカニカマを見ながら吐き気を必死で堪えている時の話であった。
松ヶ谷くんはかれこれ物心ついた時から呪われている。その呪いというのはバブル崩壊の時から日本に長い間巣食っている呪いの一つだった。貧乏という名前の呪いだ。
聞けば松ヶ谷くんの家は松ヶ谷くんが生まれるつい五年前くらいまでは所謂中流階級に属していたらしい。あ
正中線上のミケランジェロ
自称天才アーティストの安藤春一の額にミケランジェロが生えてきた時、彼はまず昨日自分が何を食べたかを思い返した。そしてようやく、自分が昨日から殆ど何も食べてないことに気がついた。飢餓状態な癖に額から何かが生えてくるなんてエントロピーの法則に反しているよ、とややズレた反論を思いつく彼は、明らかにこのファンタジックな展開に向いていなかった。
額に感じる違和感はかなり壮大なもので、目を覚ましてからすぐ