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大洗、デカい大仏、風俗街

 那珂湊から勝田に戻り荷物をまとめる。ほぼ一晩限りのランデヴーだったが、一気に好きな街になったことは間違いない。また来るぜ、とROCKオブジェにさよならを言った。
 そこから、水戸へ向かい人と合流。この方はツイッター経由で知り合い、茨城に行くのであればと声をかけた。イーロン・マスクがツイッターを出会い系アプリにしたいと言っていたが、奇しくも彼が持つ野望の片棒を担いだというわけだ。とはいっても、ツイッターを経由して誰かを会うなんて数多の人がやってるだろう。しかし、幾多の人がやっていようとも、自身が主体となり行動を起こしたことに意味がある。実際、ネットを介して人と会うなんて初めてやった。これがかなり楽しい体験だったし、久しぶりに気の合う友人ができた。
 水戸で飯を食い、大洗に向かった。大洗は太平洋に面した海の町でどこもかしこもがルパンだらけだった。全国チェーンのココスですら大洗仕様になっていたのはたいへん驚いた。海の町ということで、海からの恩恵を受けた街並みが続く。港町の独特の雰囲気は、いつの時代どんな場所でも情調を有しており、錆びれた体を装っていてもどこかしら活気があるものだ。その活気を味わいながら、明太子と日本酒を二本購入した。この明太子と二本は後日、友人と囲んでいただくつもりだ。して、今思い出したのだが干物の一つでも飼っておけばよかったが、なんにせよとても楽しみである。
 大洗に一抹の名残惜しさを思い出しながらも、牛久に向かう。目指すはそう大仏、牛久大仏である。現地に行ってみるとわかるのだが、天を衝くようにデカい大仏は神々しいやありがたいと言って畏敬の気持ちより、巨大ロボットなどに向けられる畏怖の念のほうが勝る。大きさは百二十メートル、イデオンと同じ大きさらしい。昔の人はえらい大きな大仏をどうやって作ったんじゃろか、すごすぎるなぁと思って説明を読んでみると、一九九三年着工。なんじゃい、第三セクターみたいなもんじゃないか!道理で内部にエレベーターがあるわけだわいな、と面食らった。大仏=昔の人が作ったというステレオにも程がある考えは捨て去らなければならない。今後、デカい大仏を見かけたら第三セクターだ思うことにしよう。
 第三セクターに別れを告げ、最終目標地である土浦へ。前日、水戸の人に「土浦行くんだ?フーン」と含みのある物言いをされたのだが、現地に行ってみて理解した。飲み屋、キャバクラ、風俗店が乱立する地点がある。きっと水戸の人は、こいつ楽しみに行くんだなと下卑たことを思っていたのだろうけど、そう思うのもなんとなくわかる気がした。残念であったが、、友人とは土浦で別れた。次回はお酒を酌み交わしたい。
 土浦の歓楽街は、昭和の欲望を令和の世にそっくりそのまま持ってきた様相であった。右を見れば飲み屋、左を見ればキャバクラ。少し歩けば風俗店、といった感じで、咽るような欲望を一身に浴びることができる場所であった。店の装いも、どこか古臭さを感じ、少し離れた風俗店ともなると、完全に時代を間違えているであろう店がこじんまりと営業していた。沖縄の歓楽街とは別のベクトルでひと味もふた味も違う様子が新鮮であった。
 久しぶりに欲望渦巻く中を歩きながら、何をしようかと考えていると、いつの間にか大衆酒場に入店していたんは言うまでもない。

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