ドラえもんのグラスが人間としての質を良くする
最近飲んだ店でグラスがドラえもんだった。これはドラえもんの頭を切り取ってそれを盃にして飲んだという織田信長的な話ではなく、単純にグラスがドラえもんの柄だったというだけの話だ。
というだけの話だったのだが、これがむっさ良かった。普段酒を飲むのにグラスなど気にしたことなど無く、そこら辺の赤土を天露で濡らし、平たく伸ばしたものを固めて、違法に設置した釜でグラガアガアグラガアガアと焼いて冷やしたものを使っているのだが、これがまた味わい深くも何とも無く、趣の欠片もない赤茶けた色だけの盃なのだ。
お手製であれば少々愛着というものが湧くはずなのだが、そんな見窄らしい見た目だから湧くにも湧かない。更に、水平線のように平べったい所謂平皿みたいな形をしているので、底が深い部分というものが塵ともなく、酒を注ぎ込もうものなら端から端へと酒が溢れていく。僕はそれをベロンベロンと舐め取っては「酒を飲んだ!」と高らかに宣言しているのだ。
そんな杯に拘りを持たずに生きて酒を飲んできたので、唐突にグラスに対して拘りを持つ店に出会うと嬉しくなる。心が踊る。おかで、たくさんの酒を飲みすぎる。実際にたくさんに飲みまくった。飲みまくりすぎて気分が一周するほどに。ちなみに、友人のグラスはドラミちゃんだった。むっさ羨ましかった。
二つ思ったことがある。一つは、この平皿みたいな盃はもうそろそろやめたほうがいいのではないかということだ。ドラえもんのグラスは絵柄が感動したのと同時に、こんなにも飲みやすいグラスが有るのかと感動した。今使っている杯の容量は、せいぜい20ml程度が限界だ。それに比べドラえもんのグラスは200ml程度。なんと十倍も酒を飲むことが出来るのだ。なんとお得、なんと効率的か。いや、人間的と言ったほうがいいのであろうか。
もう一つは、酒を飲んで前後不覚になり盃の柄とかデザインとかどうでも良くなるとはいえ、気持ちよく酔いを受け止めるのであれば柄が良いものを選ぶべきだということだ。今使っている盃をよく観察してみると、なんとも言えぬ土色をしており、まるでどこかの臓器を悪くした人肌みたいではないか。一方、ドラえもんの方を見てみると、肌色は青と体調は悪そうだが、釣りを嗜んでいい笑顔を浮かべている。さしづめ、恵比寿天といった具合だ。店ではもつ焼きを食いながら酒を飲んでいたが、刺し身でも頼んでしまおうと思いたくなるほどだ。
更に言うと、雨垂れ石を穿つというわけではないが、平皿みたいな盃はベロンベロンと特定の場所を舐めすぎてそろそろ穴が開きそうなのだ。このままでは酒を注ぐ以前の問題に発展してしまう。それならば、また土を捏ね型取り焼けばいいのか。それは違う。僕はより効率よく酒を飲みために、より美味しく酒を飲むために、酒を飲むという行為を楽しいものとしてデザインする必要がある。そのためにドラえもんのグラスが必要不可欠なのだ。
善は急げ。本日は任されていた仕事をほっぽりだし、職場近くの百貨店に駆け込んだ。食器コーナーを眺めていると、幸いにもあった。あったのだ。ドラえもんのグラスが。店で見たような恵比寿天のような釣りをしているものではないのだが、僕にはドラえもんのグラスが必要なのだ。ルンルンと手に取り値段を見てみると、そこには三千円と記載してあった。
買おうかどうしようかと考えていると、いつのまにか時が経ち、気がつけば自室で平皿みたいな盃をベロンベロンと舐め回していた。先程、底に穴が空いた。なぜか達成感が全身を駆け巡っていった。
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